2009年10月14日
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2009年10月14日子供の目
支笏洞爺国立公園 洞爺湖 加藤 康大
ここ数年、「エコツアー」とか「環境学習」などという言葉を耳にする機会が増えた気がする。ただ旅行するのではなく、地球温暖化や生態系の変化などの環境問題について学ぶような学習会・観察会がツアーのメニューに組み込まれていたり、また学校においても、総合学習の時間などを使って地域の自然について学んだりすることが多くなっている。
僕も今年はウチダザリガニ防除体験をはじめ、シカによる生態系の破壊が続く洞爺湖中島の自然学習、サクラマスの遡上観察など、身近な自然とそこに暮らす生き物、環境問題を人に見せ、何かを伝えるということをやってきた。相手は地元小学生から一般の方まで様々だ。
こういった学習会の中身を考える時、参加者が例えば生態系なり外来生物なりについて順序立てて理解出来るような「ストーリーづくり」は不可欠。話をする側の頭の中でこの「ストーリー」がしっかり作られていないと、話を聞く側には何も伝わらない。

ところが、こちらが事前にしっかりとしたストーリーを作り、念入りに下ごしらえしていても、相手が子供となると一筋縄ではいかない。
「捕ったウチダザリガニ、どうしたらいいと思う?」
大人同士の意見交換なら「規制をクリアしたうえで食利用は?」「飼料化などはできませんか?」というのが妥当なところだ。生態系の保全に貢献しながら地域も潤うという、『一石二鳥方向』を見据えた回答。
ある小学生は「アメリカに返す」と言った。「食べるために持ってきたけど、もういらなくなったので返します、ごめんなさいって言うしかないじゃん」と。
捕獲したウチダザリガニを生きたまま原産地に返すことは生態系保全の観点からはOKなのか、法的に問題はないのか…? 予想外の答えにこちらも少し考え込んでしまった。即座に「法的に…」などと考えてしまう時点でアウトだ。
中島の遊歩道沿いでシカの死体を見て…
「ここのシカはね、他の地域のシカと比べると体が小さいよ。エサが少ないから大きくなれないし、冬を越えられないでこうやって死んでしまうシカも多い」
「どうして捕まえて島の外に出さないの? エサもなくて、体も小さくて、こんなふうに道ばたでバタバタ死んで…。この島に住んでるってことがかわいそうだよ」
食利用、観光利用、地域振興、研究対象… 様々なしがらみの中で生きる大人が忘れがちな、「いきもの」としての道徳みたいな部分を真っ先に考えているところがとても新鮮に映る。
わずか1日の学習会の中で、こちらが描いた「ストーリー」の全てを子供に理解してもらうのは至難の業だし、そんな必要もない。こちらが伝えたいいくつかの中からたったひとつだけ、それぞれの中で印象に残る部分があればそれで良いと思う。自然の中で子供たちは、大人よりもはるかに敏感で優れた「目」と「感性」を駆使し、自分なりに何かを吸収する。僕には見えないものが彼らには見える。

サクラマス遡上観察会
自然の中で子供たちと遊ぶのは本当に楽しい。業務だけど僕には「遊び」だ。意識して遊び心を忘れないように気をつけるのではなく、こちらも初めから遊ぶ気満々で出掛ける。でないと彼らのパワーとエネルギーには太刀打ちできない。大人と子供が一緒になり、心から遊びを楽しむことが最大の環境教育ではないかと思う。いつまでも彼らと同じ、とまではいかなくても、それに近い「目」と「感性」を持ち続けていられたらいいな。
僕も今年はウチダザリガニ防除体験をはじめ、シカによる生態系の破壊が続く洞爺湖中島の自然学習、サクラマスの遡上観察など、身近な自然とそこに暮らす生き物、環境問題を人に見せ、何かを伝えるということをやってきた。相手は地元小学生から一般の方まで様々だ。
こういった学習会の中身を考える時、参加者が例えば生態系なり外来生物なりについて順序立てて理解出来るような「ストーリーづくり」は不可欠。話をする側の頭の中でこの「ストーリー」がしっかり作られていないと、話を聞く側には何も伝わらない。

ところが、こちらが事前にしっかりとしたストーリーを作り、念入りに下ごしらえしていても、相手が子供となると一筋縄ではいかない。
「捕ったウチダザリガニ、どうしたらいいと思う?」
大人同士の意見交換なら「規制をクリアしたうえで食利用は?」「飼料化などはできませんか?」というのが妥当なところだ。生態系の保全に貢献しながら地域も潤うという、『一石二鳥方向』を見据えた回答。
ある小学生は「アメリカに返す」と言った。「食べるために持ってきたけど、もういらなくなったので返します、ごめんなさいって言うしかないじゃん」と。
捕獲したウチダザリガニを生きたまま原産地に返すことは生態系保全の観点からはOKなのか、法的に問題はないのか…? 予想外の答えにこちらも少し考え込んでしまった。即座に「法的に…」などと考えてしまう時点でアウトだ。
中島の遊歩道沿いでシカの死体を見て…
「ここのシカはね、他の地域のシカと比べると体が小さいよ。エサが少ないから大きくなれないし、冬を越えられないでこうやって死んでしまうシカも多い」
「どうして捕まえて島の外に出さないの? エサもなくて、体も小さくて、こんなふうに道ばたでバタバタ死んで…。この島に住んでるってことがかわいそうだよ」
食利用、観光利用、地域振興、研究対象… 様々なしがらみの中で生きる大人が忘れがちな、「いきもの」としての道徳みたいな部分を真っ先に考えているところがとても新鮮に映る。
わずか1日の学習会の中で、こちらが描いた「ストーリー」の全てを子供に理解してもらうのは至難の業だし、そんな必要もない。こちらが伝えたいいくつかの中からたったひとつだけ、それぞれの中で印象に残る部分があればそれで良いと思う。自然の中で子供たちは、大人よりもはるかに敏感で優れた「目」と「感性」を駆使し、自分なりに何かを吸収する。僕には見えないものが彼らには見える。

サクラマス遡上観察会
自然の中で子供たちと遊ぶのは本当に楽しい。業務だけど僕には「遊び」だ。意識して遊び心を忘れないように気をつけるのではなく、こちらも初めから遊ぶ気満々で出掛ける。でないと彼らのパワーとエネルギーには太刀打ちできない。大人と子供が一緒になり、心から遊びを楽しむことが最大の環境教育ではないかと思う。いつまでも彼らと同じ、とまではいかなくても、それに近い「目」と「感性」を持ち続けていられたらいいな。
先日は野付半島・野付湾鳥獣保護区の巡視に行ってきましたが、野付半島でもちょうど秋から冬へと季節の変わり目を迎えています。今回は巡視中に見られた「秋」と「冬」の変わり目をご紹介します。
ススキ草原
半島のあちこちで見られたエゾカンゾウやノハナショウブに代って、ススキが風になびいていました。この時期になると、「秋もそろそろ終わりかなぁ」としみじみ感じます。また少しピークが過ぎてしまいましたが、紅葉中のアッケシソウ(別名サンゴソウ)もまだまだ見られます。
冬の訪れを告げるかのように、おびただしい数の水鳥が飛来します。
写真に映っているのはヒドリガモ。
冬の使者オオハクチョウ
野付ネイチャーセンターの方によると今年の初確認は10月2日だそうです。この日確認したオオハクチョウは40羽ほどでしたが、冬に向けてどんどん数は増していきます。
周りにいるのはオナガガモやヒドリガモですが、カモ達に比べてオオハクチョウがかなり大きいのが分かります。
これからの季節は、多くの水鳥やワシが飛来するため楽しみな季節ですが、長旅に疲れるなど、弱ったり死んでしまう野鳥が目につく季節でもあります。そのため、こうした鳥たちにも目を配りながら巡視しています。野鳥は、体内や羽毛などに細菌や寄生虫などの病原体を持っていることがありますので、見つけても決して素手で触らず、もし触った場合は石けんによる手洗いとうがいをしましょう。また、万一同じ場所でたくさんの野鳥が死亡していたら、まずはセンターの方(野付以外なら近くのビジターセンターなど)にご報告下さい。