報道発表資料
【お知らせ】知床岬エゾシカ密度操作実験実施について
2008.11.21 釧路自然環境事務所
環境省釧路自然環境事務所では、知床岬エゾシカ密度操作実験を平成20年11月から平成21年5月にかけて実施します。当該期間の目標捕獲頭数はメス成獣120頭以上です。第1期の捕獲は11月下旬(26日以降)から実施する予定です。
環境省釧路自然環境事務所では、エゾシカの高密度状態によって生じている知床世界自然遺産地域の生態系への過度な悪影響を軽減し、当地域内のエゾシカの科学的な保護管理を推進するため、知床世界自然遺産地域科学委員会の下にエゾシカワーキンググループ(WG)を設置し科学的な検討を行った結果、「知床半島エゾシカ保護管理計画」を平成18年11月に策定しました。さらに、平成19年7月にはエゾシカWGでの検討を経て「平成19年度知床半島エゾシカ保護管理計画実行計画」を策定し、昨秋から今春にかけては密度操作実験を実施しています。平成20年4月には平成20年度エゾシカ保護管理計画実行計画が策定され、現在は同年6月に改訂された実行計画に基づきエゾシカの保護管理を進めております。
本年度も昨年度に引き続き、この実行計画に基づき、知床岬において密度操作実験を実施しますので、お知らせいたします。
なお、本実験の安全かつ適正な実施のため、別紙「報道機関の皆さまへのお願い」について、ご理解とご協力をお願いいたします。
1. H20シカ年度(平成20年4月〜平成21年5月)の密度操作実験の概要
[1]捕獲手法
密度操作実験予備調査結果の評価結果として考えられる手法(銃器による捕獲)で実施します。射手を集中的に投入した比較的大規模な巻狩りや小規模な巻狩り、定点からの射撃などの手法を組み合わせて実施します。
[2]捕獲時期・回数
今シーズンは、平成20年11月から平成21年5月までの期間において、平成20年11月から流氷到来までの期間を第1期、海明け後から3月末までを第2期、4〜5月を第3期として実施します。日帰り、宿泊の行程により、それぞれ数日実施する予定です。(ただし、天候等の状況により大幅に変わることがあり得ます。)
[3]捕獲目標頭数
今シーズンは、メス成獣120頭以上の捕獲を目標とします。
[4]留意事項
天候が不安定な時期であり、また、銃器を使用しての事業となることから、安全面に十分留意して事業を実施することにしています。
上記方針は海況・気象条件、シカ側の反応などによって大きく影響を受けることが考えられますので、必要に応じて見直しをかけることがあります。
2. 第1期の実施予定
[1]概要
11月下旬(26日以降)から12月上旬の間に日帰り1回、泊まり1回(4泊程度)で捕獲を予定。(実施日が決まり次第連絡します。)
[2]留意点
- ア)
- 実施日は、決まり次第FAXにて情報提供いたします。
- イ)
- 実施結果については、実施した都度捕獲頭数等の結果をとりまとめ、FAXにて情報提供いたします。
- ウ)
- 天候や海況により日程が変更される場合、変更が確定した段階でFAXにてお知らせします。
(参考)
1 知床半島におけるエゾシカの現状
(1)エゾシカ生息数の状況
エゾシカは、明治時代の大雪や乱獲の影響で一度は局所的な絶滅をしましたが、知床半島では1970年代に入ってから阿寒方面より移動してきた個体群により再分布しました。
知床半島の主要な越冬地の一つである知床岬でのエゾシカ越冬数カウントは、1986年の53頭から急激に増加し、1998年に592頭に達した以降増減を繰り返しながら高密度で推移しており、現在も高い水準となっています。
知床半島における他の主要な越冬地でも同様な高密度状態の長期化が見られています。
(2)遺産地域の環境への影響
遺産地域においては、高密度のエゾシカの生息により、環境に対して様々な影響をもたらしています。
越冬地を中心として、森林においては樹皮食いによるニレ、イチイなど特定樹種の激減と更新阻害、林床植生の現存量低下と多様性の減少が見られます。
また、知床岬の台地上においては、遺産地域の特徴的な植生である海岸性の植生群落(ガンコウラン)とそれに含まれる高山植物の減少、エゾキスゲ、シレトコトリカブトなどからなる高山性、亜高山性植物群落のなどの著しい減少、ササ丈の低下などがみられるとともに、これらの植生に替わり、エゾシカが好まないトウゲブキ、ハンゴンソウなどが繁茂するようになっています。
ニレ、イチイの年輪解析の結果から、過去にもエゾシカによる樹皮食いがおきた時期はあるものの現在のような大きな影響は生じておらず、現在のエゾシカの採食圧は、少なくとも分析したニレなどが生育してきた過去100年間の中で最も激しいものであることが判明しています。
(3)今後の推移
このため、現状を放置してエゾシカの高密度状態がさらに長期化する場合、このような希少植物種や個体群の絶滅や高山植生への影響、植生の衰退やエゾシカの踏みつけなどにより裸地化した急傾斜地からの土壌浸食などが更に進行していくのではないかとの懸念が高まっています。
2 保護管理計画の概要
(1)計画策定の経過
世界自然遺産の候補地として申請を行っていく段階から、すでにエゾシカによる生態系への悪影響について認識されており、遺産登録に当たり科学的な立場からの助言を得つつエゾシカの生息動向、エゾシカによる植生への影響に関するモニタリングを行いながら、効果的な対策を検討し、エゾシカの管理計画を作成することとしていました。
このため、知床世界自然遺産地域科学委員会のもとに学識経験者などからなるエゾシカワーキンググループを平成16年に設置し、知床半島におけるエゾシカの個体群を適正に管理するための方策をとりまとめる「知床半島エゾシカ保護管理計画」について検討を行い、地元説明会やパブリックコメントを経て、平成18年11月に第一期(計画期間:平成19年〜23年度の5カ年間)の計画が作成されました。この計画については、その後、平成19年3月には、北海道の策定する特定鳥獣保護管理計画である「エゾシカ保護管理計画」の地域計画として位置づけられています。
また、単年度ごとの具体的な事業実行計画や手法などについては、同様にエゾシカワーキンググループでの検討を踏まえ、「平成19年度知床半島エゾシカ保護管理計画実行計画」を定め、翌平成20年4月には20年度版にあたるH20シカ年度知床半島エゾシカ保護管理計画実行計画が策定(平成20年6月改訂)されました。現在はこれに基づき各関係機関が施策を実施しているところです。
(2)計画策定に当たっての考え方
知床半島におけるエゾシカに関わる現状については、エゾシカの生息数が高密度状態で長期化していること、そのことによる植生への強度の悪影響が見られていること、知床岬においては少なくとも過去100年間は見られなかったような植生への強い悪影響が発生していることなど、深刻な現状について共通認識が図られたところです。
特に、現在の知床岬の状況は、森林地帯においてはニレ、イチイなど特定樹種の激減、台地草原上においてはエゾキスゲ、シレトコトリカブトからなる群落などの著しい減少がみられるなど知床岬の特徴的な植生が大きく変化しており、このままでは、エゾシカの採食圧による植生への不可逆的な悪影響(植物種の絶滅)が避けられない可能性があることから、早急に実現可能な様々な保護管理措置を取る必要があるとの共通認識となりました。
これらの共通認識をもとに、知床岬においてどのような対応が必要となるのかを検討してきましたが、自然に放置した場合には過去には見られなかったようなエゾシカによる植生への不可逆的な影響が避けられず早急な対応が必要であるとの考え方と、現在見られている植生への影響は過去にも生じたことがあり生態系過程に含まれることから注意深くモニタリングしていく必要がある、との2つの考え方が出されました。
その上で知床岬においては、日本各地においてニホンジカを長期的に自然に放置した場合に、甚大な生態系への影響が生じている現状にあること、知床岬においてはエゾシカ越冬数の調査や自然死亡調査など生息動向や植生についても、これまで継続的に調査が行われていることから、生息密度と植生への影響についての検証やモニタリングを行うことができる条件がそろっていると考えられることを踏まえれば、生態系への悪影響が危惧される知床地域において、予防原則に基づき、できるだけ早急に個体数調整を含めた保護管理措置を進めることとし、注意深くモニタリングをしていくこととしました。
(3)計画の概要
管理計画の策定にあたっては、エゾシカの生息動向、植生の状況などについて調査を行い、その調査結果に関して科学的な観点から検証し、その検証結果を計画の実施に適切に反映させていく順応的管理の手法により行うこととしました。このため、策定した後も、計画期間終了時におけるモニタリング結果とそれまでに実施した保護管理措置、管理目標の検証などにより、計画の継続、変更について検討を行うほか、計画期間中ではあっても重要な事案が発生した場合には随時再検討を行うなど、必要な見直しを行えるようにしています。
保護管理の実施にあたり、遺産地域の保全状況等に基づく地区区分ごとに管理方針、管理目標、管理手法などを設定していくこととしました。その地区区分については、遺産地域A地区(遺産地域の核心地域のうち特定管理地区及び幌別・岩尾別台地を除く)、特定管理地区(知床岬)、遺産地域B地区(遺産地域の緩衝地域、幌別・岩尾別台地の遺産地域の核心地域)、隣接地区の4つに区分けをしています。
管理目標については、希少植物種や特徴的な在来植物種の消失の回避など生物多様性の保全を図ることが大きな目標となると考えられました。
管理手法については、エゾシカによる植生への悪影響を回避することを基本とするため、保護柵を設置して植物群落を囲い込むことなどにより植生を守る防御的手法、人為的に出現した道路法面や農林業跡地のシカ利用を制限して越冬地の環境収容力を削減する越冬環境改変、エゾシカを捕獲し直接個体数に干渉する個体数調整の3つの手法が考えられ、それぞれの地区区分ごとにこれらの手法を組み合わせていくこととしました。
(4)これまでの保護管理
これまでの保護管理措置のうち、防御的手法としては、樹皮食い防止対策として樹木に直接ネットを巻き付ける対策を行うほか、森林地帯や知床岬のガンコウラン群落などにおいて、進入防護柵を設置してエゾシカの侵入を防いで内側の植生を保護するとともに、柵の内外の植生調査を行い採食圧の違いによる経年変化などについてモニタリングしています。
特に、知床岬においては、防御的手法として、すでにガンコウラン群落など一部の箇所については、植生回復調査などとして進入防止柵により植生を保護していますが、これらの箇所の調査によると柵内の植生について回復傾向がみられています。
3 知床岬における密度操作実験の概要
(1)知床岬における目標
特定管理地区である知床岬については、現状、計画対象地域でエゾシカの生息密度の高い越冬地であり、森林植生と台地草原上の植生群落に強い採食圧が掛かっていることから、「エゾシカの採食圧を軽減することにより、風衝地群落・山地性高茎草本群落・高山性高茎草本群落を含む生物多様性を保全すると共に、過度の土壌浸食を緩和する」ことを目標としています。
このためには、防御的手法と個体数調整の双方の手法により、保護管理措置を行っていくことが必要であるとしています。
(2)知床岬における密度操作実験の目標
個体数調整を行うに当たっては、捕獲数が少ない場合は逆に餌条件がよくなるなどの間引き効果により繁殖率が高くなる恐れがあること、植生回復を図るには少なくとも越冬個体数を半減させることが必要と考えました。
個体数調整により越冬個体数を半減させるには、2歳以上のメス成獣の妊娠率はきわめて高いこと、越冬による死亡率はオス成獣、子供が高くメスは低いことから、生存率と妊娠率が高いメス成獣を選択的に捕獲することが最も効果的であると考えられます。
そのため、越冬個体群の生息動向も勘案し、現在のメス成獣生息数の半数を捕獲していくことを目標とし、この行為を継続していくとすれば、3年程度で越冬数がおよそ半減することを想定しています。
(3)実験実施後の対応
順応的管理の手法により保護管理措置を行うこととしていることから、密度操作実験を行った結果についても評価を実施することとしており、台地草原上のイネ科植物の植生量やササの調査等を実施していくほか、エゾシカ越冬数の調査などを行うこととしています。
このため、おおむね越冬数が半減した後や、エゾシカ保護管理計画における第一期間の終了後などの際には、実験実施結果とその後のモニタリング結果を検証し、必要な保護管理方策の見直しを行っていくようにする予定です。
(4)平成19年12月から平成20年5月にかけての密度操作実験結果
平成19年度12月から平成20年5月の期間全体を通してエゾシカ132頭を捕獲しております。その内、メス成獣は89頭です。
〈内訳〉
捕獲個体数 | メス成獣 | オス成獣 | その他(0歳メスオス、1歳オス) | |
平成19年度 (12月〜3月) |
33 | 24 | 0 | 8 |
平成20年度 (4月、5月) |
99 | 65 | 17 | 19 |
合計 | 132 | 89 | 17 | 27 |
連絡先
- 環境省釧路自然環境事務所
-
- 所長
- 北沢 克巳
- 統括自然保護企画官
- 則久 雅司
- 野生生物企画官
- 山田 雅晃
- 自然保護官
- 長谷川 修一
- 〈連絡先〉
- 0154−32−7500