ACTIVE RANGER

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

北海道地方環境事務所のアクティブ・レンジャーが、活動の様子をお伝えします。

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支笏洞爺国立公園 洞爺湖

149件の記事があります。

2008年07月02日サミット5日前 (2008年年7月2日)

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 加藤 康大

ご存じのとおり、7月7日(月)~7月9日(水)の3日間、ここ洞爺湖にてG8サミットが開催されます。

政府関係者と警察官が町中にあふれ、至るところで検問、急ピッチでの道路工事や草刈り、建物の撤去・改装… なんだかすごい事になってます。検問に引っ掛かったり(レンタカーだとかなり怪しまれる)、ザリガニ捕ってて尋問されたり… 面倒なこともなくはないですが、こんな経験なかなかできません。楽しみながら業務に務めます。


というワケで、現場の様子を少しだけ皆様にお伝えします。



【歓迎看板】
歓迎フラッグや看板等、サミットムード一色。温泉街の空き店舗を利用しギャラリーやパン屋、観光案内施設、新聞社の臨時支局などが立ち並ぶ。



【旧火山科学館】
綺麗に整備された道路と日本政府の現地本部となる旧火山科学館。道路沿いの不要な看板等も撤去・整備されたのが嬉しい。サミット以降もスッキリした街並みだといいですね。



【警察訓練】
私たちの事務所があります洞爺湖ビジターセンターの駐車場にて、要人警護の予行訓練中。各都道府県の警察車両を一度に見ることができます。


こんなことが毎年一回、世界のどこかで行われていたんですね。何事もなく、無事に終了することを願います。

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2008年07月01日四十三山を歩いて②~長距離自然歩道四十三山コース開通~

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 浅田 唯衣

サミットが近づいてきました。そんな中、6月15日、約30年ぶりに四十三山(よそみやま)に一般の方が歩くことの出来る歩道が開通しました。元々は、昭和42年に北海道胆振支庁が自然探勝路として、明治43年に噴火した火口跡を巡る道を整備しました。それ以前から火口は見ることができましたが、最初の歩道が整備されたのはその頃です。しかし、昭和52年の有珠山噴火により被害を受け一般の方は立ち入ることができず、ずっと今日まで四十三山は人の目に触れることはありませんでした。
 四十三山の今は、火口跡の周りは木々が生い茂り、今なお、噴気現象が見られ噴火当時の名残をわずかにとどめています。火口跡は植生豊かに回復していますが、土壌は風雨にさらされて浸食され、噴火口の深さも当時より浅くなってきているものも多くあります。
 有珠山噴火から4年後、昭和56年の虻田町(現在の洞爺湖町)の広報誌では、温泉街在住の町民が「大自然と触れ合う観光地づくりを」と題して“有珠山噴火の後遺症が大きく、昔の活気を取り戻すのに町民がつらい現状におかれているけれど、有珠山の地質学、火山学、生物学などの絶好の生きた教室としてまた復活してほしい、そして四十三山には山百合の群生がありそこに多くの観光客に見てもらい感動させてあげたい、こうした大自然を町ぐるみでもう一度考えてみたらどうだろうか”と投稿しています。
 そういった変わらぬ地域の思いもあって、四十三山は、洞爺湖サミット目前で開通されました。今は植生も変化したため、山百合は見ることはできませんが、ホオノキやハリギリ、シラカンバ、カツラなどが太陽にそそがれ、幼木もすくすくと育っています。そして色々な小鳥が短い夏を満喫中です。
  2000年噴火の火口跡を巡る西山山麓散策路(1.6km)もありますので、1910年噴火活動によって出来た四十三山とぜひ見比べて歩いて見てください。植物の移り変わりが一度に見ることができる貴重な場所です。どちらも洞爺湖ビジターセンターから車で5分程です。四十三山歩道は約3kmのアップダウンのあるコースで、履き慣れたしっかりとした靴で歩かれることをおすすめします。



開通式典ゲート割り → 6月15日開通式典の学習会には約40名が参加されました。四十三山コースの入口で、加藤AR手作りの木で出来たゲート割りを行いました。


参加者の登山の様子 → 火口跡を左右にみながら歩きます。

展望台 → 四十三山(251.5m)には展望台があります。洞爺湖を眺めるには、早春や秋がおすすめです。

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2008年05月19日2008年4月27日 第1回 洞爺湖湖底クリーンナップ

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 加藤 康大

UWクリーンレイク洞爺湖
(UW=アンダーウォーター。水中。)

私たちのウチダザリガニ事業も3年目に突入し、これまでの活動が功を奏したのか、今春、地元の方が立ち上がってくれました。昨年度、なんとかして駆除を引き継いでくれる団体を… という思いで四苦八苦してきた私にとってはまさに救世主。「UWクリーンレイク洞爺湖」はその名のとおり、水中環境をはじめとした洞爺湖の自然を守り「洞爺湖を次世代に美しく残す」ことを目的として発足した団体です。

今、この団体を中心に洞爺湖のウチダザリガニが大きく動き始めています。サミット効果もあってか、代表の室田氏は取材攻勢により大忙しで、同団体のホームページへのアクセスも急増中だとか。

団体発足後、第1回目のイベントとなりました「洞爺湖湖底クリーンナップ」。私たちもお手伝いとして参加させて頂きました。湖畔での水中清掃・引き揚げたゴミの仕分け、ザリガニの駆除・測定を行った第一部と、洞爺湖ビジターセンターにて環境学習会、ダイビング体験を行った第二部の二部制で開催され、参加者総勢120名というビッグイベントとなり、注目度の高さを再確認いたしました。

ウチダザリガニの生態について子どもたちに説明をするUWクリーンレイク洞爺湖代表 室田氏

一般の参加者は地元の子どもたちとその親が中心で、湖畔での作業では、初めて見る巨大なザリガニと、水中から次々と引き揚げられるゴミの数々に驚きの声をあげていました。午後から開催されたビジターセンターでの学習会では、それらが環境に与えるダメージについて学び、ダイビング体験では実際にレギュレーターをくわえ、水に顔をつけブクブク…。「すごい!水の中でも息ができるよ!」子どもたちの楽しそうな顔が印象的でした。もしかしたら、将来ダイバーになって洞爺湖のウチダザリガニを駆除する子が出てきたりして。


ダイビング体験に夢中になる子どもたち。 協力:マリンハウスロビンソン

学習会の中で講演していただいた同団体理事である写真家、田中正文氏ことサミーさんの写真芝居には、私も改めて考えさせられました。

「おおきな手のものがたり」と題され、美しい写真の数々を使用した写真芝居。その内容はこうでした。

洞爺湖に住むウチダザリガニの内田ザリ男さんとザリ子さん夫婦(笑)。昔々、彼らの祖先は遠いどこかから、神様によって日本に連れて来られたのだとか。ある日突然「おおきな手」が現れて、ザリ男さんを死刑にしました。続いてザリ子さんも「おおきな手」に捕まりそうになりました。お腹に赤ちゃんをいっぱい抱いたザリ子さんは、「どうか子どもたちだけは助けて!」と叫びましたが、赤ちゃんもみんな「おおきな手」に捕まって死刑にされました。
おおきな手は神様の手?おおきな手は人間の手。私たち人間は、ほかのいろんな生きものを生かすことも殺すこともできるのです。人間の手によって洞爺湖にやってきたウチダザリガニ。彼らはただ懸命に生きようとしているだけなのです。どうして死刑にされなければいけないの…?


サミーさんの写真芝居に聞き入る子どもたち

昨年度、8761尾のウチダザリガニを死刑にした張本人として、わかっていながら心が痛みました。

UWクリーンレイク洞爺湖さんのような地元の有志が、地元の子どもたちに外来生物問題をはじめ、様々な環境問題を伝えていくことは非常に大切なことです。資金調達から各イベントや調査捕獲の調整等、本当に苦労されていると思いますが、それにめげず、今回のようなイベントをどんどん開催し、サミット開催地であります洞爺湖の自然を末永く守っていただけたらと思っています。及ばずながら、これからも地元アクティブレンジャーとして協力していくつもりです。また、これを読んで下さった方々に、現場最前線で頑張っている方へのサポートをお願いしたいと思います。アピールだけの派手な環境活動なんかより、地元の子どもたちの心に響くような活動が増えることを願って。それこそが環境問題解決への第一歩なのではないでしょうか。

UWクリーンレイク洞爺湖ホームページ
http://cl-toyako.hp.infoseek.co.jp/


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2008年04月08日「洞爺湖から見る羊蹄山」 ~洞爺湖畔巡視~

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 加藤 康大

私たち洞爺湖自然保護官事務所では、

① 羊蹄山
② 洞爺湖周辺
③ 北湯沢温泉~オロフレ山~登別温泉
この3地区を飛び地で管理しています。
管内を巡視し、国立公園が適正に利用されていうかどうか、危険箇所はないかをチェックしたり、また、管内の自然情報の収集や、利用状況及び美しい景観を写真に収めることも大切な業務のひとつです。

巡視に出た際に撮影した写真の中から、今回は洞爺湖の象徴、「中島と羊蹄山」をピックアップしてみました。



◇写真①:洞爺湖の象徴、中島と羊蹄山。洞爺湖ブルーと呼ばれる湖水と空の青に、雪をいだいた羊蹄山頂の白がなんとも言えません。



◇写真②:中島から顔を出した羊蹄山。洞爺湖畔をぐるっと一周すると、様々な中島&羊蹄山のコンビネーションに出会えます。



◇写真③:中島の東側に移動した羊蹄山。綺麗です。癒されます。

この景色を眺めていたら、ふと思ったので調べてみました。いつの時代からこの景色が見られるようになったんだろう…。大昔の人類も「綺麗だなぁ」と湖畔でボーっとしたりしていたのでしょうか。

○巨大火砕流の発生(11万年前)
今からおよそ11万年前、と言われてもどれくらい昔なのかイメージしにくいですが、時代区分で言うと旧石器時代、ネアンデルタール人(学校で習いましたよね)の時代辺りです。石斧を持ってマンモスを追っている時代です。ものすごく昔のコトのように感じますが、地球46億年の歴史から見ると、つい最近の出来事なんですよね…。とにかくそのくらいの時代に、今の洞爺湖があるあたりで激しい火山活動があり、巨大な火砕流が発生しました。火砕流は噴火湾(太平洋です。伊達、室蘭側)ばかりか日本海(岩内、寿都、島牧側)にまで達し、火山灰は遠く本州中部まで降り積もりました(想像できないくらいの大噴火です。札幌辺りにも火砕流が接近したのでしょうか?ネアンデルタール人たちにも相当な被害が出たのでしょう)。

○洞爺湖の誕生(11万年前~5万年前)
巨大噴火で周辺は火砕流で埋めつくされ、全域が平坦な台地となりました。このときできたカルデラ(火山噴火のあとにできたくぼみ)に水がたまり、洞爺湖の原型ができました。

○中島の出現(5~4万年前)
5~4万年前、ネアンデルタール人に替わり現代型人類ホモ・サピエンス(たしか僕らはクロマニヨン人と習った。分類ではサル目ヒト科ヒト属。ニホンザルという種類のサルがいるのと同じように、ヒトという種類のサルがいるだけのことだそうです。精密な道具と言語を使用。かなり進化しましたね)が台頭してきた頃、洞爺カルデラの真ん中で火山活動が盛んになりました。粘り気の強いマグマが繰り返し噴出し、いくつもの溶岩ドームをつくりました。これが現在の中島です。ちなみに有珠山は中島誕生後、2~1万年前に噴火を繰り返しながらしだいに成長し、羊蹄山のような成層火山(綺麗な富士山型)となりました(その後の噴火で山が崩れ、現在のような形に)。

○羊蹄山の誕生(10万年前~6千年前)
羊蹄山はおよそ10~5万年前に活動を開始し、その後三期に渡り複雑な噴火を繰り返し、6千年前の噴火を最後に現在のような姿になりました。ここ数千年に噴火した証拠はなく、現在は活動休止期にあると考えられますが、将来的には活動再開することは間違いないと言われています。山頂のお鉢の大きさから推測すると、こちらも相当大きな噴火だったのでは?と思います。

※参照:北海道の活火山(北海道新聞社)、地球大図鑑(ネコ・パブリッシング)、ちきゅううかんきょう(フレーベル館)、洞爺湖ビジターセンター解説パネル


なんだか理科と社会がごちゃ混ぜのような話になりましたが、まとめると、約1万年前のクロマニヨン人の時代には、洞爺湖、中島、羊蹄山が今に近い形で存在していたという話です。そんなコトを考えながら改めて眺めてみると、ひと味違った中島や羊蹄山が見えてくるかも知れません。地球ってすごい。

何十年、何百年、何千年先も、今と変わらず美しい中島と羊蹄山を眺められる地球でありますように。

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2008年04月02日四十三山を歩いて①~みんなの思い~

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 浅田 唯衣

 私たちアクティブレンジャーの分室事務所がある洞爺湖ビジターセンターの裏近くに、四十三山(よそみやま)があります。(明治新山ともいいます)なぜ「よそみやま」かというと・・・1910年つまり明治四十三(よそみ)年、夏~秋にかけてマグマが地表を押し上げて隆起する火山活動によって出来た山だからです。それを潜在ドームと呼びます。
この噴火活動で周辺には45個の火口が確認され、約155メートルも隆起しました。すごい自然の力ですね。
 その山に私はパトロールでよく入ります。もうすでに45個の火口の半分以上は風雨や浸食によって原型をとどめていません。木々が落葉している冬から春の時期は、その中でもまだいくつか火口だとわかるものがあります。四十三山頂上付近の火口の中で一番大きいのは直径約130m、深さ約45mもあるそうです。いくつかの火口脇を歩いていくと、なんと、まだ1箇所噴気している場所があります。噴気口は約40cm位の大きさでそこからは蒸気がゆらゆらと、時にもくもくと立ち上っています。その蒸気でその噴気口の周りは鮮やかな緑色の苔がじゅうたんのように一面を覆っています。

幻想的な噴気口。緑鮮やかな苔が覆う。

どんな種類の苔でしょう。

2月ごろには雪で山は覆われますが、噴気口周辺は雪が溶けているので地温の高いことが一目でわかります。噴気口の地温は、3月に2回パトロールへ行った際、調べてみたところ1回目が128.6℃、2回目が54.4℃でした。過去の記録によるとほとんどが50℃前後なので、1回目の128.6℃はあやしい数字ですが温度計はちゃんと壊れていないかチェックしているので間違いありません。この謎については、この噴気口の温度を長年記録されている火山の先生に聞いてみようと思っているところです。ちなみに噴気口周辺以外の他の場所での地温は9.3℃~9.7℃でした。
 この四十三山は噴火直後は、火山灰や噴石で木々は枯死し、はげ山でした。そして昭和41年~45年にかけて「四十三山自然探勝路」という形で多くの人が歩けるように整備されました。しかし、その後、昭和52年に有珠山が噴火後、立入禁止となりました。その四十三山自然探勝路がまた新たに「四十三山遊歩道」として整備されます。完成予定は6月上旬予定です。まだ一般の方は立入禁止区域ですが、以前整備された前後には、四十三山へ多くの地元住民や観光客の方が足を運ばれたはずです。その方たちの四十三山に対する思いは様々だと思います。そっとしておきたい場所でもありますが、一方でまた多くの人が身近に火山を感じることのできる貴重な場所として復活することと思います。
 そんな思いを感じながら歩いた今回の四十三山パトロールでは、噴気口周辺一面にフキノトウがたくさんの芽をだしていました。北海道では身近にあるフキノトウのようですが、本州から来た私にとってはきれいな黄緑色をした芽があちこちに出ているのを見て感動したのでした。

あちらこちらからフキノトウが顔を出し、春の訪れを告げる。

今まで何度か四十三山で鳴き声を聞いたことがあったエゾライチョウが近くに現れ、重たい体を低くして飛んで行ったのを目にしました。こんな自然豊かな有珠山は30年~50年周期で噴火活動が起きると言われています。また地形がどのように変化するかわかりません。地形の変化は大きく、時代時代の火山の地形や自然の記録がとても貴重です。これからも四十三山へはいつも行けるように長靴と、片手に温度計、首からカメラを持って、噴気口の地温の記録を取り続け、みなさんに情報発信していきます。つづく・・・次回をお楽しみに。

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2008年03月05日子どもパークレンジャー ~雪の探検家の巻~

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 浅田 唯衣

 去る2月11日 くもりの日、小学生14名は洞爺湖の財田に集まった。レンジャー帽子とバッチ、手帳、虫眼鏡を渡されて、みんなは子どもパークレンジャーとなった。今回はレンジャーの重要な仕事「調べる」。テーマは「雪」だ。そして、子どもパークレンジャーの3箇条は、一、自然を大切にする!二、友達を沢山作ろう!三、レンジャーの言うこと守ろう!だ。さっそく、三はやぶられることになるが・・・。

 北海道の子どもたちにとっては、雪は冬にはあって当たり前の季節の風物詩。でも雪そのものをじっくり見たことがある子どもは少ないだろう。スライドガラスにのった雪の結晶のレプリカを顕微鏡で覗いてみる。「きれい!これほしい!」。6角形だけど、まだその理由は解明されていない。空気中の水蒸気の量が多く、温度がマイナス10度からマイナス20度にならないと結晶は作られない。次は雪の断面を調べる。当日の積雪量は30cm程。まずは、子ども達が一生懸命にスコップで雪の断面を切り取り、食紅スプレーで吹きかける。するとみるみるうちに雪の層がはっきり現れてきた。「すげぇ線が出てきた~」1ヶ月分の天候と気温の一覧を見ながら、天候によって層ができることを知る。次に雪の中の温度を調べて見た。深くなるほど温度が高くなる。雪面では、零下でも土の中は凍らず、外より温かい。この土の中で虫たちは春の訪れを待っている。1グループは土の中の生きものを発見。起こされた虫たちは「さむいべや・・」と動きも鈍い。そして、冬も活動しているエゾリスは冬の食料源として、雪が降る前に集めてきた食べ物を土の中に埋めておく。埋めたところを忘れてしまって取り残された種などは、運が良ければ芽を出すこともあるだろう。他にも冬には、洞爺湖周辺では鳥やエゾキツネたちなどが活動をしている。

雪の断面の調査。土の中はどんな生きものがいるのかな?
  
 午後は、わかん(冬に使用する雪の上を歩く道具)を履いて冬の生きものの足跡を探しに行く。つぼ足(何も道具を利用しないで歩くこと)ではなく、わかんを履くのも初めての子ども達。つぼ足よりは沈まない。子ども達はわかんを足に取り付けたら、即雪面を走って行った。「待て待て」子ども達は待つことがあんまり好きじゃない。「足跡探してみて~」というとすぐ立ち止まった。子ども達は素直だ。「キツネかなぁ~シカかなぁ~」と悩みながら・・・タヌキ、キツネ、ウサギ、ネズミ、テン、イタチ・・・と10種類の足跡が見つかった。地図に各グループが足跡を書き込んでみると、動物たちの足跡はつながっているようだ・・・もしかしたらこのキツネの足跡はもう一つのグループが見つけたキツネの足跡と同じキツネかもね・・・と想像はふくらむ。

この足跡はだれの足跡だろう??この足跡大きいね。

 雪の中を歩いて見ることで雪から得る情報はたくさんある。動物の足跡を見ることができるのも冬だからこそ。動物たちの生活を知ることが出来るし、何より、沢山の動物がいるということは自然が豊かな証拠だ。雪を探検した子ども達は、来年もまた探検家として洞爺湖の自然を感じてもらえたらいいな。

今年度最後の子どもパークレンジャーたち。

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2008年01月25日「洞爺湖ザリガニフォーラム」

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 加藤 康大

久しぶりの更新です…。

~1月13日(日)、洞爺湖ビジターセンターにて「洞爺湖ザリガニフォーラム」を開催しました~

今フォーラムは… ウチダザリガニ等の外来生物問題やその他環境問題に関わっている人、関心のある人、行政関係者などなど… いろんな人にザリガニについて語ってもらい、地元住民に洞爺湖の現状を知ってもらったうえで、洞爺湖含め各地のウチダザリガニをこれからどうしたらいいのかみんなで考えようという目的で、たくさんの方の協力のもと、開催にこぎつけることができました。皆さんありがとうございました。

当日は午前中に、洞爺湖畔にて吹雪の中、ボランティアダイバーによる防除見学会を決行。水温約3~4℃。前日に仕掛けたカゴでは1尾も捕獲出来ませんでしたが(この水温ではウチダザリガニはまったく活動せず、カゴでは捕獲できないことがわかった ということが成果。)かわいそうなダイバーさんたちの頑張りにより、約150尾の手捕りに成功。本当にありがとうございました。(やはりザリガニたちは湖底の石の下でじっとして、ほとんど動かないそうです。)






午後、ビジターセンターにてフォーラム。用意した約80席は満席、立ち見まで出る盛況ぶりでした。一般の方、マスコミ関係者、その他各関係者… 予想以上のリアクションで、約120名の方が参加。来てくれた皆さんに感謝です。今フォーラムの核心でありましたパネルディスカッションにおいては、パネラーのみならず、会場からも積極的に発言して頂き、皆さんの環境問題に対する意識の高さがうかがえました。(翌週、郵便局に行ったら地元の見知らぬおじさんに「頑張ってザリガニ捕って下さいよー」と声をかけられました。ザリガニ漁師ではないんですけどね…。黄色いレンジャー服、かなり目立つようです。)






ご存じのように、今年7月にはここ洞爺湖にてG8サミットが開催されます。この財政難の北海道から約30億円もの大金をつぎ込むG8サミット。目に見える綺麗な景色だけをピックアップし、ただの「サミットブーム」で終わらせるのではなく、洞爺湖が、北海道が抱えている本当の問題に目を向けていかなくては。

話がそれましたが、今後も今フォーラムのように様々なイベントを行うことで、地元住民に正確な情報を発信し、問題解決のために何をするべきなのかを話し合う機会を作り、洞爺湖に関わる皆さんが、本気で環境保全に取り組むことができるよう手助けができればと思います。

~冬の間、水中の石の下でじっと身を潜めているウチダザリガニとの戦いに備え、心の準備をしつつ、大好きな冬を楽しみながら過ごそう~

◇お知らせ◇

現在洞爺湖ビジターセンターにて、写真家田中正文氏による写真展、「水中の駅を訪ねて」を開催しております。洞爺湖のウチダザリガニの水中での様子や、洞爺湖に注ぐソウベツ川を力強く遡上するサクラマスなど、素晴らしい写真の数々をぜひご覧下さい。(※2月11日まで開催予定)


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2008年01月21日自然の芸術品

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 浅田 唯衣

羊蹄山周辺のパトロールへ行きました。羊蹄山は蝦夷富士と呼ばれているように富士山と形が似ています。それだけでなく富士山の形成史もよく似ているのだそうです。
 さて羊蹄山山麓に半月湖という火口湖があるのはご存じですか?4万5千年前から1万年前の噴火は主として現在の山頂周辺を火口としたようですが、1万年前からは山頂とともに山麓部でも噴火を起こし、半月湖はその噴火の際にできた火口で火口内に中心からずれて溶岩ドームができたために半月状になりました。羊蹄山の倶知安コースから登ると、途中の登山道からその半月湖が見ることができ火口湖であることがわかります。


夏の半月湖から見る羊蹄山

 その半月湖は春夏秋冬さまざまな姿を見せます。夏にもパトロールへ行きましたが、11月には水位が下がっていました。何らかの要因で水位が上がったり下がったりするのでしょう。湖畔沿いには夏には見ることのできなかった灰色の溶岩がごろごろしているのを見ることができました。その湖面を覗くとたくさんの種類の葉が落ちています。その葉それぞれの色も違います。水面から覗く自然の芸術です。水の中にも自然のサイクルがあり、その葉たちはほんの少しの時間、色づいた葉を見せてしばらくすると徐々に自然に戻り、葉の色も変化してくるでしょう。


秋の半月湖湖面 「自然の芸術品」

 そして冬には豪雪地帯、倶知安町にある半月湖は人が簡単には近づけない場所となります。スノーシューを履き樹林帯の中を歩き、半月湖を覗くと湖面すべて真っ白な雪がついています。湖面は完全に結氷していれば歩くことができます。半月湖畔を一周し、カルデラ湖であることをあらためて実感しました。耳を澄ますと雑音のない無音の世界。そしてその中に小鳥の警戒音が聞こえます。湖畔沿いの木々の中には、ホオノキの実やヤマブドウの実がまだ残っていて小鳥たちの貴重な冬の食料となっています。しばらくその静寂な湖面の上を歩くと、夏にも見た半月湖からの羊蹄山が顔を出しました。羊蹄山山頂は雲の流れが速く雲が切れることもありませんでしたが、墨絵のような半月湖が一瞬太陽に照らされ、青い空と光り輝く真っ白な雪、白い雪を覆った羊蹄山を見ることができました。その間15分位でした。まもなく小雪がちらつきまた白黒の世界となりました。
 冬に閉ざされた世界にも一瞬一瞬のドラマがあります。ぜひみなさんも足をのばしてみてください。半月湖は凍りますが、湖面が凍っていない場所もあり充分な注意が必要です。
冬山となりますので充分な装備、認識を持って入山してください。


冬の半月湖

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2007年10月05日新たなる敵?

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 加藤 康大

9月ある日、ウチダザリガニ洞爺湖全域調査中のことだった。湖畔に車を停め、ダイバーさんが湖中へと姿を消す。ウチダザリガニについてご指導を頂いている研究者さんは水際で、ザバザバと水生生物を探している。
僕は現場の写真を撮りつつ、ふと砂浜に目をやると、なにやら黄色と緑のまだら模様をした楕円形の物体が。
なんだろ?近づいてみる。 


 
カメ? 
うん、カメだ。しかもデカい。
あおむけ(どっちがあおむけでどっちがうつ伏せなのかわかりにくいけど)で黄色い腹を上にしている。
死骸が打ち上げられてるんだと思った。

「カメが死んでまーす」
「えぇ?!?」
研究者さんが持ち上げた瞬間、
バタバタとものすごい勢いで暴れ出した!
「生きてるし!」
「ってなんでミドリガメ??」
「誰かが放したに決まってるじゃん…」
とりあえず
「カメ捕ったどォー!」

事務所に連行されたカメは性別不明にも関わらず、同僚の浅田アクティブレンジャーにより、なぜか「ヨシコ」と名付けられ、キッチンシンクの中に入れられた…。

ミシシッピアカミミガメ(「ミドリガメ」は主に幼体の呼称。)
○アメリカおよびメキシコ原産の移入種で、外来生物法により「要注意外来生物」に指定されており、流通や飼育に規制はないが取り扱いに注意を払うべき生き物とされている。(僕の最大の敵ウチダザリガニは「特定外来生物」で、
流通や飼育が規制されている。)
○最大甲長30cm?35cm(!)(ヨシコは約20cm。まだデカくなるのか…)
○雑食性で何でも食べる。性質も荒い。大型化し、カメの中では極めて丈夫。
○日本には1950年代後半からペットとして輸入され始めるが、1975年にサルモネラ菌がみつかり、それ以来全国で「捨てガメ」が増加(ひどい…)
。捨てられたミドリガメたちは持ち前の適応能力を発揮して生き残り、いまや在来種のクサガメやニホンイシガメをおしのけて繁殖している。(フリー百科事典『ウィキペディア』参考)
http://www.env.go.jp/nature/intro/kids/index.html

これを読む限りだと、お祭りで売られている時の小さくてかわいらしいイメージは微塵もないな。確かに持ち上げて突っつくと鬼のような形相で、ピンク色の口を全開にし「シャァ?!」って威嚇してくる。たまに山や森でつかまえるアオダイショウやシマヘビですら、持ち上げていじくりまわしてもこんなに怒らないのに。

かくしてよしこは新聞にまで載っかった。
紙面で目にするとなぜかメチャクチャ悪者みたいに思えてくるが、ウチダザリガニのケース同様、一番悪いのは誰か考えてもらいたい。
ペットを飼うことは悪いことじゃない。
生き物から学ぶことは多いし、実際僕も子どもの頃は、家の中が水槽で溢れかえっていた。


ヨシコが発見されたのはキャンプ場近く。もしかしたらこんな感じだったのかも…。
「なぁ、ヨシコ さぁ、ちょっともう水槽では飼いきれないなぁ」
「まさかあのお祭りのミドリガメがこんなに大きくなるなんて思わなかったしねぇ…」
「しかも大きくなるにつれて性格悪くなってきたしな。すぐ噛むし」
「あ!今週末、洞爺湖でキャンプじゃない?湖なら広いしヨシコも喜ぶわよ☆」
「えぇ?!逃がすのやだよ?やだやだ!」
「そんなこと言ったって、これ以上大きな水槽は置く場所がないし、うちには庭もないし仕方ないだろ。そうだ、ヨシコの代わりにネプチューンオオカブト買ってやるから!」
「ほんと?やったぁ!バイバイヨシコ」

●これからペットを飼う予定の方に注意して欲しいこと
?最大でどのくらいの大きさになるのか
?どう猛ではないか(子どもの頃はおとなしくても、成長すると性質が荒くなる生き物もいます。)
?どのくらい生きるのか
※ちなみにミドリガメは、万年とまではいかないが30年以上も生きる。
僕が今からミドリガメベビーを飼うとなると、ひょっとしたらカメのほうが長生きするかも…。
●今ペットを飼っている方に注意して欲しいこと
?当たり前だけど、最後まで責任を持って飼う
?自然の中に逃がしても、上手く生きられず死んでしまったり、または繁殖して人間に悪影響を与えたり生態系を壊してしまう。あげくの果てには外来生物として駆除されたり処分されたりする可能性がある。

昔は外国産の生き物なんて、簡単には手に入らなかった。クワガタを飼いたかったら自分で捕りに行くのが当たり前だった。そして図鑑を開き、ヘラクレス
オオカブトやコーカサスオオカブトなんかに憧れつつも、日本にはいない生き物で、子供ながらに手に入れられないことを理解してた。

大人になり(なってないかも知れないけど歳の数だけは増えた)価値観に変化が生じたからなのか、いつも身近に生き物に触れているからなのか、今では外国のでっかい3本角のカブトムシよりも、ノコギリクワガタやミヤマクワガタのほうがかっこいいと思う。色鮮やかな熱帯魚よりも、ヤマメやウグイのほうが綺麗だと思う。

みなさんはどう思いますか?

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2007年09月13日火山に咲く花たち

支笏洞爺国立公園 洞爺湖 浅田 唯衣

 次回の子どもパークレンジャー事業の下見で有珠外輪山の北屏風山麓へ入りました。この辺りは1977年噴火で豊かだった森は消えました。しかし、今は草本群落としてイタドリやススキ、ヨシの草原となってます。その群落のそばを歩いていると実にかわいらしい小さな花たちを見ることができます。
 ウンラン(海蘭)という花。日本固有の砂地に生える多年草で、8月?9月に白と黄色の花を咲かせます。ランに似た花をつけることで命名されました。海岸に多く、知床半島でも見られるようです。そんな花が地表温度が高く、小さな噴気口から蒸気を出す火山地帯に咲いているのです。他には、ヤマハハコ(山母子)、ゲンノショウコ(現証拠:薬用としてすぐ効果が現れることから名が付いた)、ミヤコグサ(都草)も咲いていました。(和名の漢字表記はその花がどんな花か想像できますね。)
 2000年噴火が起きた西山では、メマツヨイグサ(雌待宵草)が咲いていました。原産地は北アメリカで高いもので1.5mを超える2年草です。道ばたや空き地でよく見られますが黄色が目立ちきれいな花です。実際、洞爺湖の町中にも咲いているのを見ました。畑の中で成長を競うように背がどれも高くのびていましたが、火山の中ではまだあまり競争が激しくないのか背が低いのが目立ちます。
 火山は噴火して森がなくなっても、植物は様々な方法で新たにその土地に根付き、時間をかけて移り変わっていきます。有珠山周辺では97年前、64年前、30年前、7年前の噴火後の植生を見ることの出来る貴重な場所です。

小さな花、海蘭(ウンラン)

現証拠(ゲンノショウコ)

雌待宵草(メマツヨイグサ)

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