アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]
傷病アザラシ
2008年03月24日
羅臼
3/17-18に2日連続で、環境省釧路自然環境事務所において管内会議や各種打ち合わせ等があり、道東に散在する5つの自然保護官事務所と上記釧路事務所の職員がほぼ全員集まりました。会議が終わって18日昼過ぎに釧路を出発。佐々木ARと運転を交代しながら約4時間かけて夕方の羅臼に戻ると、直後に羅臼町役場の軽トラックが駐車場に入ってきました。荷台には・・・なんと1頭のゴマフアザラシが積まれていました。「羅臼漁港の中に弱っているアザラシがいる!」と町民の方から通報があり、町役場と知床財団の職員がとりあえず捕獲してきたそうです。
羅臼町内では、傷病鳥獣がゴマフアザラシのような普通種(絶滅の恐れが少ない、個体数が十分多い種)だった場合、対応主体は環境省ではなく、北海道庁や町役場、それに役場から鳥獣関係の業務委託を受けている知床財団になっています。しかしちょうど会議続きでどこの組織も人手不足、さらに私が獣医で、大学院時代の博士論文テーマが野生のアザラシやトドだったこともあり、作業に参戦しました。
まず、一時収容場所をどこにするかで悩みました。羅臼には傷病鳥獣の収容や治療を、衛生的にできる公的施設がありません。結局、昨年までビジターセンターとして使っていた古い建物の奥にある、パークボランティア用宿泊スペースのバスタブに収まりました。
弱っているとはいえ、相手は野生動物。特にアザラシは、身体的接触を特に嫌う性質を持っています。うかつに聴診器や手を近づけると「ガァー!」と怒って咬んできます。「馬乗り保定」というアザラシならではの拘束方法もあるのですが、収容直後で興奮している野生動物を無理矢理押さえつけてまで検査して、余計なストレスを与えたくありません。餌用に町役場の方(釣りが趣味)からもらったワカサギが解凍されるまで、とりあえず2時間ほど安静にさせることにしました。
さて、解凍が終わったワカサギを器具でつまんで顔の前で振ってみましたが、威嚇するだけで食いつきません。怒って口を開けた瞬間に中に放り込んでもみましたが、クチャクチャした後、結局「ペッ!」と吐き出されてしまいました。無理矢理ノド奥に突っ込んで飲み込ませる(強制給餌をする)なら馬乗り保定が必要ですし、そもそもここのバスルームは、そのような作業をするスペースとしては狭すぎました(失敗)。脱水が心配なので、ひとまず経口補液だけでもするか? おっと、胃まで挿入する長さのカテーテル(チューブ)やブドウ糖液も無いのだった・・・
無い無い尽くしのせいだと自分とアザラシに言い訳しつつ、ワカサギと、イカの足だけを小さめに切ったものを置き餌にして、その晩は様子を見ることにしました。収容時期と毛の状態から見て、このアザラシはパップ(今年生まれの新生子)ではなく昨年生まれのようでしたが、弱っているので、ひとまずバスタブには水をまったく張らないことにしました。
翌朝、早起きして出勤前にバスルームを覗いてみたところ、餌はそのまま、バスタブ内は下痢便だらけになっていました・・・呼吸も前夜に比べて少し荒くなっており、もしこのままここで収容し続けるなら、抗生物質の投与が必要そうです。しかし餌を自分から食べないとなると、錠剤を仕込んだ魚を強制給餌するか?それとも注射薬を使うか?
あー、抗生剤の注射薬にも、ロクなストックが無いのだった。
その後官庁の業務時間になり、羅臼町役場の担当者が北海道庁(根室支庁)の担当者等と電話相談をした結果、この個体に関しては、運良く釧路市動物園が引き取ってくれることになりました。
搬出直前に感染症モニタリング用に少しだけ採血をさせてもらい、その後アザラシちゃん(メス)は大きなプラスチック容器に入れられて知床財団トラックの荷台に乗せられ、釧路へと旅立っていきました・・・
ゴマフアザラシは個体数が多く、漁業に被害を与えています。そのため「漁業有害獣」として道内一部地域では猟銃を用いた駆除の対象になっています。その他、漁網による混獲も相当数あるようです。したがって、今回のように住民や観光客からの通報で傷病個体を一旦保護収容したとしても、動物園や水族館が引き取ってくれない場合は難しい判断を迫られることになります。簡単な治療で元気になったとしても、近くに放せば再び漁業被害の原因となるため、地元漁業者の感情を考えればそうそう簡単には放せません。人馴れした分だけ、治療後放流個体は他の野生個体より大胆な行動をとる恐れもあり・・・ 結局、引き取り先が無い場合は、治療せずに人目につかない場所に放して自然界の食物連鎖に委ねる、あるいは麻酔薬などを使って安楽死させる、というのが、羅臼で可能な現実的対応なのかもしれません。
たまたま運良く引き取り先が決まった今回のアザラシ。元気になれば、将来は新しい血を飼育個体群に入れるために活用される可能性もあると聞いています。なんとか回復して、長生きして欲しいものです。
後ろ肢裏側つけ根の静脈叢(静脈が集まっている部位)から翼状針を使って採血しました。青い尻は、カッパを着て馬乗り保定をしてくれている知床財団職員です。
アザラシが去った後のバスタブを掃除中。次に羅臼へ来られる予定のパークボランティアや研究者の皆さん、念入りに洗って、バッチリ塩素消毒もしましたので、どうかご安心を!
どうしても心配なら近所の温泉ホテルや「熊の湯」に行って下さい(苦笑)。でもこのバスタブには、実は過去にも傷病水鳥などを収容したことが・・・
羅臼町内では、傷病鳥獣がゴマフアザラシのような普通種(絶滅の恐れが少ない、個体数が十分多い種)だった場合、対応主体は環境省ではなく、北海道庁や町役場、それに役場から鳥獣関係の業務委託を受けている知床財団になっています。しかしちょうど会議続きでどこの組織も人手不足、さらに私が獣医で、大学院時代の博士論文テーマが野生のアザラシやトドだったこともあり、作業に参戦しました。
まず、一時収容場所をどこにするかで悩みました。羅臼には傷病鳥獣の収容や治療を、衛生的にできる公的施設がありません。結局、昨年までビジターセンターとして使っていた古い建物の奥にある、パークボランティア用宿泊スペースのバスタブに収まりました。
弱っているとはいえ、相手は野生動物。特にアザラシは、身体的接触を特に嫌う性質を持っています。うかつに聴診器や手を近づけると「ガァー!」と怒って咬んできます。「馬乗り保定」というアザラシならではの拘束方法もあるのですが、収容直後で興奮している野生動物を無理矢理押さえつけてまで検査して、余計なストレスを与えたくありません。餌用に町役場の方(釣りが趣味)からもらったワカサギが解凍されるまで、とりあえず2時間ほど安静にさせることにしました。
さて、解凍が終わったワカサギを器具でつまんで顔の前で振ってみましたが、威嚇するだけで食いつきません。怒って口を開けた瞬間に中に放り込んでもみましたが、クチャクチャした後、結局「ペッ!」と吐き出されてしまいました。無理矢理ノド奥に突っ込んで飲み込ませる(強制給餌をする)なら馬乗り保定が必要ですし、そもそもここのバスルームは、そのような作業をするスペースとしては狭すぎました(失敗)。脱水が心配なので、ひとまず経口補液だけでもするか? おっと、胃まで挿入する長さのカテーテル(チューブ)やブドウ糖液も無いのだった・・・
無い無い尽くしのせいだと自分とアザラシに言い訳しつつ、ワカサギと、イカの足だけを小さめに切ったものを置き餌にして、その晩は様子を見ることにしました。収容時期と毛の状態から見て、このアザラシはパップ(今年生まれの新生子)ではなく昨年生まれのようでしたが、弱っているので、ひとまずバスタブには水をまったく張らないことにしました。
翌朝、早起きして出勤前にバスルームを覗いてみたところ、餌はそのまま、バスタブ内は下痢便だらけになっていました・・・呼吸も前夜に比べて少し荒くなっており、もしこのままここで収容し続けるなら、抗生物質の投与が必要そうです。しかし餌を自分から食べないとなると、錠剤を仕込んだ魚を強制給餌するか?それとも注射薬を使うか?
あー、抗生剤の注射薬にも、ロクなストックが無いのだった。
その後官庁の業務時間になり、羅臼町役場の担当者が北海道庁(根室支庁)の担当者等と電話相談をした結果、この個体に関しては、運良く釧路市動物園が引き取ってくれることになりました。
搬出直前に感染症モニタリング用に少しだけ採血をさせてもらい、その後アザラシちゃん(メス)は大きなプラスチック容器に入れられて知床財団トラックの荷台に乗せられ、釧路へと旅立っていきました・・・
ゴマフアザラシは個体数が多く、漁業に被害を与えています。そのため「漁業有害獣」として道内一部地域では猟銃を用いた駆除の対象になっています。その他、漁網による混獲も相当数あるようです。したがって、今回のように住民や観光客からの通報で傷病個体を一旦保護収容したとしても、動物園や水族館が引き取ってくれない場合は難しい判断を迫られることになります。簡単な治療で元気になったとしても、近くに放せば再び漁業被害の原因となるため、地元漁業者の感情を考えればそうそう簡単には放せません。人馴れした分だけ、治療後放流個体は他の野生個体より大胆な行動をとる恐れもあり・・・ 結局、引き取り先が無い場合は、治療せずに人目につかない場所に放して自然界の食物連鎖に委ねる、あるいは麻酔薬などを使って安楽死させる、というのが、羅臼で可能な現実的対応なのかもしれません。
たまたま運良く引き取り先が決まった今回のアザラシ。元気になれば、将来は新しい血を飼育個体群に入れるために活用される可能性もあると聞いています。なんとか回復して、長生きして欲しいものです。
後ろ肢裏側つけ根の静脈叢(静脈が集まっている部位)から翼状針を使って採血しました。青い尻は、カッパを着て馬乗り保定をしてくれている知床財団職員です。
アザラシが去った後のバスタブを掃除中。次に羅臼へ来られる予定のパークボランティアや研究者の皆さん、念入りに洗って、バッチリ塩素消毒もしましたので、どうかご安心を!
どうしても心配なら近所の温泉ホテルや「熊の湯」に行って下さい(苦笑)。でもこのバスタブには、実は過去にも傷病水鳥などを収容したことが・・・