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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

はじめまして。

2008年04月21日
釧路湿原
 みなさんはじめまして、4月より釧路湿原自然保護官事務所にアクティブレンジャー(AR)として着任した本藤泰朗です。昨年度までは弟子屈町でネイチャーとカヌーのガイドをしていました。
 私の担当は希少野生生物です。これから様々な活動を皆さんに報告しながら、道東の野生生物のことや、北海道の自然の素晴らしさについて分かりやすく伝えていきたいと思います。よろしくお願いします。

 早速ですが、4月14日、道東の浜中町霧多布岬にある湯沸岬、ピリカ岩にて行われたエトピリカのデコイ設置作業をご紹介したいと思います。

 エトピリカ?デコイ?何のことかさっぱりわからないという方も多いと思います。エトピリカとはアイヌ語で「くちばし・美しい」という意味があり、文字通りオレンジ色のきれいな嘴をもった、4月下旬から5月上旬にかけて繁殖のために道東の霧多布周辺に訪れる野鳥です。世界的には少なくありませんが、日本で繁殖するエトピリカは毎年10つがい前後と極めて少なく、国のRDB(レッドデーターブック)絶滅危惧種にも指定されています。更に世界で生息するエトピリカの南限の繁殖地として守っていかなければならない貴重な野鳥です。

 ではデコイとはいったい何でしょう?デコイ(英:decoy)とは英和辞典を調べると、囮(おとり)、誘惑物、おびき寄せる場所などの意味があり、狩猟で囮に使う鳥の模型のことです。そのデコイを使い、希少な鳥の繁殖を促進しようというものです。

 つまり、エトピリカの繁殖できそうな場所にデコイを設置し、これから霧多布周辺にやってくる個体が
「お?あんなところに仲間がいる。ここなら安心して巣が作れるな。」
と思わせて、繁殖を促そうという作戦です。海鳥の多くは自分が生まれた繁殖地に戻る傾向が強いため、なかなか思った通りには行きませんが、実際、国内でも東京都鳥島のアホウドリや、北海道天売島のウミガラスなどでこのデコイ作戦は実績があります。

 ここ浜中町でも1995年から繁殖地の浜中小島に町教育委員会と片岡義廣氏によりデコイの設置がおこなわれているほか、周辺の海上にもデコイを置いており、一定の効果を上げています。このピリカ岩周辺にも今回、漁協の合意を得て海上デコイを配置することになったことから、ピリカ岩そのものに上陸してもらう目的で陸上デコイの設置を行いました。

この危険な作業は、プロクライマーの阿波徹さん、高山典久さんの協力あってこそ初めて実施できたものです。


地元の漁師さんに船を出してもらい、ピリカ岩に上陸です。時々強いうねりが押し寄せる天候のなか、設置作業中、近くでずっと見守っていてくださいました。

 ところで、ここピリカ岩でも以前は繁殖が確認されていましたが、1992年を境に姿を見せなくなってしまいました。一体どうしてでしょうか?

 エトピリカは繁殖期になると、海に面した断崖に集団繁殖地(コロニー)を作り、卵を産み、育てますが、普段は海上で生活をしています。脚と短い翼を巧みに使って潜水し、魚や動物プランクトンなどを捕食しています。水深10メートルほどの所を広く横に泳いで餌を捕獲していると考えられていて、このことが間違って漁網にかかってしまう原因になっています。

 浜中町ではエトピリカの保護を図るため、漁協自ら繁殖地である浜中小島周辺に刺し網自粛海域を設けています。漁師さんたちの生活と希少種の保護をいかに両立させていくかが大きな課題であり、今年度は漁網にCDをたくさん付けて、光の反射を利用し、エトピリカに漁網の位置を知らせ、混獲を防ごうという取り組みが始まります。このアイデアは地元浜中町の中学生が発案しました。(詳しくはNPO法人霧多布湿原トラストのHPで:http://www1.ocn.ne.jp/~wetlands/)


これがエトピリカのデコイです。本物の鳥と同じ大きさで作られています。

片岡義廣氏の指導の下、今回はピリカ岩にエトピリカ基金の協力も得て10体のデコイを設置しました。このデコイと地元漁業関係者の協力でエトピリカが安心して暮らせるような環境が整いつつあります。近い将来、集団で繁殖しているエトピリカを私たちが目にする日が来るかもしれませんね。


デコイ設置終了。たくさんのエトピリカが集まるといいですね。

 ちなみに霧多布岬湯沸岬からピリカ岩に設置したデコイを双眼鏡などで見ることができます。しかしここは断崖に囲まれた岬です。くれぐれも危険ですから柵を乗り越えて入ったりしないようにしてください。せっかく訪れようとしている鳥たちを脅かさないためにも。