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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

カヌーが一艘、サル・オ・ペツを行く

2008年07月30日
稚内
 サロベツはアイヌ語でサル・オ・ペツ、「芦原を流れる川」という意味です。湿原の名称にもなったサロベツ川は湿原を生みだし、その水環境をよりよく保つためになくてはならない川です。今回、稚内自然保護官事務所の千田レンジャーと私、賀勢はサロベツ川でカヌーによる巡視を行いました。天気予報は外れてしまい、あいにくの曇り、おまけに寒くて川の流れとは逆方向に風が強く吹いていたので下流側の幌延町の音類橋から豊富の開運橋まで遡ることに決めました。
 私はカヌーは初めて!こぎ始め当初いくら頑張ってもカヌーが進みません!水を漕げていないのです。さらに困ったことには千田レンジャーと漕ぐタイミングが合いません(涙)!カヌーは川岸のアシの中に突っ込んだり、勝手な方向に曲がったりして、ちっともスムーズに進みません。「パドルは水面に対して垂直に!」、「漕ぐときにかけ声をかけるように!」と、指示を受け、その通りにやってみようと必死に努力しました。あっ、進み始めた! 少しずつカヌーを動かしたい方向に操れるようになってきました。
 サロベツ川のような湿原河川では水の流れは緩やかで河畔林がよく発達します。蛇行しながら緩やかに流れるこの川の特徴がサロベツ湿原の豊かな生態系を形づくってきたのです。ペンケ沼、パンケ沼含むサロベツ原野は、日本最大規模の高層湿原であり、ヒシクイ、タンチョウ、ガンカモ類の重要な飛来地として2005年11月にラムサール条約登録湿地に登録されました。
 やがてカヌーはパンケ沼の入り口に近づきました!目の前に広がるのは赤茶色に波立つ広大な湖。岸辺は遠く、まるで海のようです。サロベツ原野に広がるこの沼は海からの塩水が流入する特異な汽水環境を形成しており、ヤマトシジミが生息していることから、昔からシジミ漁が行われてきました。シジミ漁の漁船ともすれ違い、漁をしている状況を見ることができました。

広大なパンケ沼

 パンケ沼を出てしばらく行くとヤナギが水面近くまで覆い被さった優雅な岸辺がありました!風に揺れる緑の枝先が水面にゆらゆらと映っています。私が子どもの頃好きだった本にケネス・グレーアムの「楽しい川辺」というのがあります。このヤナギの岸辺の景色は物語の舞台である川辺に似ていました。

水面にかぶさる緑のトンネル

 昼食後、サロベツ川から下エベコロベツ川に入り、ペンケ沼を目指しました。ペンケ沼はパンケ沼と比べ、とても浅い沼でした。パドルを突き立てると底まで届き、底から湿原の植物が生え、頭をのぞかせています。なにやら不思議な世界。ペンケ沼では「幻の魚」と呼ばれるイトウの生息が確認されています。しかし、ペンケ沼は河川流入量の増加や土地利用の変化にともなう土砂の流入などで面積を減少させています。将来は消滅してしまうかもしれません。
現在、サロベツ原野で取り組んでいる自然再生事業では、このペンケ沼の埋塞をこれ以上進めないような対策を検討しているようです。

水底から草が突き出るペンケ沼

 ペンケ沼からサロベツ川に戻り、後は開運橋を目指してひたすら漕ぐのみです。サロベツ川までは風向きが逆風のため、なかなか進みません。千田レンジャーと私は交代で休みながら漕ぎ続けました。初心者なので、手が棒のようになり親指の付け根が擦りむけてきました。座りっぱなしなのでお尻も痛くてしょうがありません。ようやく開運橋が見えてきました。一踏ん張りと踏ん張って、橋のたもとのぬかるんだ岸辺にカヌーをつけました。「やっと着いた!」陸に降り立ってホッと一息。・・・と、「ぼちゃん」という音がしました。カヌーの上で立ち上がり、岸に移ろうとしていた千田レンジャーがバランスを崩して川の中でしりもち!びしょびしょになって岸に上がってきました(笑)。これで私と千田レンジャーは「湿原で水の中に落ちた仲間」になりました。
 今回の巡視でカヌーの漕ぎ方を覚えた上に、普段見ることのできないペンケ沼、パンケ沼の様子を知ることができました。サロベツ原野核心部の世界。多くの動物たちにとって楽園であるこの場所が未来まで残ってくれることを願ってやみません。