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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

食われるという掟

2008年11月07日
稚内
 人を見かけることがなくなった10月末の幌延の木道。冬の訪れが目の前といっても、よく晴れた日にはお日様に温められて木道はほのかなぬくもりを持っています。木道に触れてみると指先に暖かさを感じ、日増しに強まる寒さに張り詰めていた気持ちが少し緩みます。ふと足下を見るとジュウジナガカメムシがひとところに集まっています。この虫は赤と黒のコントラストがとても美しい虫ですが、数多く群れると多くの昆虫に対して私たちが感じるようにグロテスクな雰囲気を放っています。彼らは何かにたかっているようです。
彼らを追い散らしてみると毛虫の死骸が横たわっていました。それは春先にも沢山木道上で見かけたヨシカレハの幼虫でした。辺りをみまわしてみると何匹かの幼虫が木道上を這っているのを見つけました。夏に見た終齢幼虫と比べるとどれも小さく、若い幼虫だと思われました。おそらく春に幼虫時代を過ごし夏に羽化したものの子どもたちで、そろそろ幼虫のまま越冬に入ろうとしていたのでしょう。それにしてもヨシカレハにとってカメムシは恐ろしい天敵なんだと実感しました。本州にいた頃、越冬を終え、エノキの樹幹を登るゴマダラチョウの幼虫が途中でサシガメ(肉食性カメムシ)に補食されるのを観察したことがあります。その時、小さい昆虫の世界の出来事であれ体液を吸われて捕食されている様子に恐ろしさを感じ、こんな死に方はしたくないと思いました。ヨシカレハ幼虫は冬ごもり場所を探しているうちにジュウジカメムシに捕まってしまったのでしょうか。ジュウジナガカメムシはこれから集団で越冬します。ヨシカレハの体液は彼らに冬を乗り切るエネルギーを与えたのでしょう。


ヨシカレハの体液を吸うジュウジナガカメムシ


 原生花園の木道には両側から垂れるヨシの穂のアーチが続いています。ここではトガリネズミが死んでいました。しゃがみこんでよくよく見ようとしていたとき、黒い体に赤い斑点、先端に三つのひだがついた立派なアンテナのような触角を持った甲虫がシャカシャカと歩いてきて自分の体の何倍もあるトガリネズミの体を持ち上げてひっくり返したり、体の下に潜り込んだりしました。この怪力昆虫はツノグロモンシデムシ(?)と思われました。しばらくの間、トガリネズミの体と格闘し、吟味した後、気に入った部位を見つけたのか食事を始めました。トガリネズミもまたツノグロモンシデムシに生きるエネルギーを与えたのです。


トガリネズミの体を調べ、美味しい部分を探すツノグロモンシデムシ


 そして、海岸近くの草地ではこの日の巡視だけで3頭のエゾシカが死んでいました。いずれも若いシカでした。近づいてみるとカラスが飛び立ちました。一週間後に通りかかったときにはもうすでに骨と皮になっていました。カラスの他にもトビやキツネが来て食べたのでしょうか。


エゾシカの死体をあさりにきたカラス

 この日は死んでいったものたちに多く出会った一日でした。そしてそれらを食うことで生き残るものたちにも。野に棲む生き物たちは生きている途中であれ、死んでからであれ、必ず他の生き物にその体を食われていく運命です。食われることなど想像さえしたことのない私。人間であるなら拒否するその運命を受けいれて生きている野生の生き物たちに潔さと生き残ることの大変さを教えられたような気がしました。
早く沈むようになった太陽が長い夜に押されるように最後の光を放ちながら水平線の彼方に消えていきました。