アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]
【日本のいのち、つないでいこう! COP10まで100日前】
2010年07月12日
稚内
***ミズナラ***
少し前のことになりますが、5月22日『国際生物多様性の日』に豊富町稚咲内で行われた砂丘帯へのミズナラ苗木移植作業についてご紹介します。
ミズナラ(ブナ科コナラ属)は冷温帯を代表する落葉樹で、北海道ではなじみ深い木です。
サロベツ原野に隣接した海沿いを数列の砂丘が数十キロに渡って伸びる海岸砂丘帯には、主にこのミズナラだけで構成された細長い砂丘林があります。
海側から見て、そのミズナラ林の後ろに「稚咲内」という集落があり、そこには酪農家や漁師の方たちが住んでいます。このミズナラ林のミズナラは樹齢としては数百歳に達するにも関わらず、日本海からの強い北西風によって矮性化し、樹高は数メートルしかありません。枝振りも風の方向に流されて伸びたような特殊な樹形をしています。林の外観から厳しい気候にさらされながらも長らく耐えてきた様子がうかがえます。
この林は、防風林としてなくてはならない存在なのですが、長年暴風雪に耐え続けたことに加え、林内を牛が通行した影響などによって集落南側の林の一部がなくなってしまいました。
現在、地元のNPOや集落の皆さんが中心となり、環境省や豊富町などの関係機関もお手伝いしながら、皆で対策を話し合い、作業をしながら砂丘林の再生事業を行っています。現在までに砂丘林近くの苗木を探して苗畑に植え、砂丘林跡地に移植されても大丈夫なまでに大きく育てたり、集めたドングリをカミネッコンと呼ばれる再生紙段ボールから作られたポットで育てたりしてきました。忙しい合間を縫って、地元の皆さんが草刈りや苗を植えるための穴掘りもしています。
上:苗畑の稚樹の様子を見守る 下:植林済みの区画の様子(20090827)
5月22日(土)。
地元NPO、地域の皆さん、関係機関など約50名が集まり、集落内の苗畑やカミネッコンで育てていた地元産ミズナラ苗木を砂丘帯裸地(暴風柵内)へ移植する作業を行いました。集まった人たちは数チームに分かれ、苗畑からの苗の掘りとり・苗の運搬、土の運搬、植えた苗木への印付けといった作業を皆で息を合わせて次々にこなしていきます。とても天気がよい日だったので、肉体労働の後はどっと疲れが出ました。NPOの方が地元の小学校の校庭に用意してくださった焼き肉やおにぎりをもりもり食べて、作業の労をねぎらい合いました。
皆で力を合わせて移植作業(20100522)
ところで、ミズナラという木は私に「生物多様性」を知るためのひとつのきっかけを与えてくれた木です。学生だった頃、私は、ミズナラを基点につくられる昆虫の群集を研究対象にしていました。分かりやすくいいかえると、ミズナラの木があって、ミズナラの葉を食べる植物食の昆虫(主にチョウやガの幼虫、ハバチやゾウムシも少数含まれる)がいて、その植物食昆虫の幼虫に寄生する昆虫(ヒメバチやコマユバチ、ヤドリバエなど)がいて・・・というようにミズナラから始まる昆虫の食物網やミズナラ上の昆虫の多様性に関することを勉強していました。
研究の過程で、夏の間(6~8月)、調査区のミズナラをくまなく探して採集した植物食昆虫の幼虫数百匹を飼育しました。寄生されていない幼虫は成虫になりますが、寄生されている幼虫からは寄生蜂や寄生バエが出てきます。こうして食物連鎖のつながりを追いながら、種の特定を試みました。全種の特定はできませんでしたが、特定できたものだけでも、植物食昆虫83種、寄生する昆虫56種にのぼりました。
たった一種類の木からこんなに沢山の種のつながりが生まれるなんて!!!
ミズナラにつく数百匹のイモムシ、毛虫と向き合ったことで私はミズナラを取り巻く驚くほど豊かな生物多様性を目の当たりにすることができたのです。
ミズナラの葉だけではなく、ミズナラのドングリはリスやネズミ、カケスなどの鳥類にも利用されています。そして稚咲内の林のように私たち人間の生活を風雪から守るという役目も果たしています。ミズナラの木はまさに生物多様性を支える役割を担っているといえると思います。
上:ミズナラの若葉と花穂 下:砂丘林ミズナラ葉の裏側にいたカメムシの幼虫(左)とミズナラの潜葉性昆虫(リーフマイナー)が葉の中身を食べ進んだ跡(黒い筋は糞です)
この未来のミズナラ林には昨年閉校になってしまった地元小学校の子どもたちが『どんぐりーん』という名前をつけています。何十年か後、小さな苗木たちが風雪に負けずに青々と立派に成長したとき、また昔と同じように多くの命を支えてくれることと思います。長い時間がかかる話ですが、未来に思いを馳せながら汗を流した一日でした。
少し前のことになりますが、5月22日『国際生物多様性の日』に豊富町稚咲内で行われた砂丘帯へのミズナラ苗木移植作業についてご紹介します。
ミズナラ(ブナ科コナラ属)は冷温帯を代表する落葉樹で、北海道ではなじみ深い木です。
サロベツ原野に隣接した海沿いを数列の砂丘が数十キロに渡って伸びる海岸砂丘帯には、主にこのミズナラだけで構成された細長い砂丘林があります。
海側から見て、そのミズナラ林の後ろに「稚咲内」という集落があり、そこには酪農家や漁師の方たちが住んでいます。このミズナラ林のミズナラは樹齢としては数百歳に達するにも関わらず、日本海からの強い北西風によって矮性化し、樹高は数メートルしかありません。枝振りも風の方向に流されて伸びたような特殊な樹形をしています。林の外観から厳しい気候にさらされながらも長らく耐えてきた様子がうかがえます。
この林は、防風林としてなくてはならない存在なのですが、長年暴風雪に耐え続けたことに加え、林内を牛が通行した影響などによって集落南側の林の一部がなくなってしまいました。
現在、地元のNPOや集落の皆さんが中心となり、環境省や豊富町などの関係機関もお手伝いしながら、皆で対策を話し合い、作業をしながら砂丘林の再生事業を行っています。現在までに砂丘林近くの苗木を探して苗畑に植え、砂丘林跡地に移植されても大丈夫なまでに大きく育てたり、集めたドングリをカミネッコンと呼ばれる再生紙段ボールから作られたポットで育てたりしてきました。忙しい合間を縫って、地元の皆さんが草刈りや苗を植えるための穴掘りもしています。
上:苗畑の稚樹の様子を見守る 下:植林済みの区画の様子(20090827)
5月22日(土)。
地元NPO、地域の皆さん、関係機関など約50名が集まり、集落内の苗畑やカミネッコンで育てていた地元産ミズナラ苗木を砂丘帯裸地(暴風柵内)へ移植する作業を行いました。集まった人たちは数チームに分かれ、苗畑からの苗の掘りとり・苗の運搬、土の運搬、植えた苗木への印付けといった作業を皆で息を合わせて次々にこなしていきます。とても天気がよい日だったので、肉体労働の後はどっと疲れが出ました。NPOの方が地元の小学校の校庭に用意してくださった焼き肉やおにぎりをもりもり食べて、作業の労をねぎらい合いました。
皆で力を合わせて移植作業(20100522)
ところで、ミズナラという木は私に「生物多様性」を知るためのひとつのきっかけを与えてくれた木です。学生だった頃、私は、ミズナラを基点につくられる昆虫の群集を研究対象にしていました。分かりやすくいいかえると、ミズナラの木があって、ミズナラの葉を食べる植物食の昆虫(主にチョウやガの幼虫、ハバチやゾウムシも少数含まれる)がいて、その植物食昆虫の幼虫に寄生する昆虫(ヒメバチやコマユバチ、ヤドリバエなど)がいて・・・というようにミズナラから始まる昆虫の食物網やミズナラ上の昆虫の多様性に関することを勉強していました。
研究の過程で、夏の間(6~8月)、調査区のミズナラをくまなく探して採集した植物食昆虫の幼虫数百匹を飼育しました。寄生されていない幼虫は成虫になりますが、寄生されている幼虫からは寄生蜂や寄生バエが出てきます。こうして食物連鎖のつながりを追いながら、種の特定を試みました。全種の特定はできませんでしたが、特定できたものだけでも、植物食昆虫83種、寄生する昆虫56種にのぼりました。
たった一種類の木からこんなに沢山の種のつながりが生まれるなんて!!!
ミズナラにつく数百匹のイモムシ、毛虫と向き合ったことで私はミズナラを取り巻く驚くほど豊かな生物多様性を目の当たりにすることができたのです。
ミズナラの葉だけではなく、ミズナラのドングリはリスやネズミ、カケスなどの鳥類にも利用されています。そして稚咲内の林のように私たち人間の生活を風雪から守るという役目も果たしています。ミズナラの木はまさに生物多様性を支える役割を担っているといえると思います。
上:ミズナラの若葉と花穂 下:砂丘林ミズナラ葉の裏側にいたカメムシの幼虫(左)とミズナラの潜葉性昆虫(リーフマイナー)が葉の中身を食べ進んだ跡(黒い筋は糞です)
この未来のミズナラ林には昨年閉校になってしまった地元小学校の子どもたちが『どんぐりーん』という名前をつけています。何十年か後、小さな苗木たちが風雪に負けずに青々と立派に成長したとき、また昔と同じように多くの命を支えてくれることと思います。長い時間がかかる話ですが、未来に思いを馳せながら汗を流した一日でした。