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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

「日本のいのち、つないでいこう」いよいよCOP10 ~ヤチヤナギ、

2010年10月15日
稚内
 「生物多様性」が健全に保たれるためには、多くの生き物が存在していることが必要で、存在し続けるためには、生き物たちは子孫を残していかなければなりません。次の世代に命をつないでいくために、生き物たちは様々な作戦をとります。

 分裂して自分と全く同じ遺伝子を持った別個体をつくるものは短期間に沢山増えることができます。
雄と雌が出会って結ばれるものは多様な遺伝子の組み合わせをつくることで様々な環境に適応する可能性を生み出します。そして種によっては独り立ちできるまで大事に子育てしたり、大量に卵を産んで生き残れる可能性を増やしたり、風や虫を利用して子孫の分布を拡大したりと、実に様々な作戦を持っています。命をつないでいく方法の様々な在り方そのものがそれぞれの生き物の個性であり、これも「生物多様性」を形づくるひとかけらだと私は思います。

 最近、サロベツ原野に数多く生育し、なんの変哲もないと思っていたヤチヤナギを通じて植物の命のつなぎ方の奥深さを考えさせられました。ここでご紹介したいと思います。

 ヤチヤナギは北方の湿原に生育するヤマモモ科の落葉低木で、別名はエゾヤマモモ、北海道の泥炭地や本州三重県以北の高地湿原に生育しています。葉の裏をこするとスーっと清々しくよい香りがするこの低木には雄の木と雌の木があり、サロベツでは雪解け間もない5月始めから6月頃にかけて雄の木は黄色い花を、雌の木は赤い花をつけているのが見られます。園内の木道脇に沢山ある木なのですが、小さな風媒花(ふうばいか)なので注意していないと気づかないかもしれません。葉は花が終わった後に展開してきます。


【花と果実】


【葉の展開の様子】

 雄の木と雌の木がある(雌雄異株)ということは、別々の株同士が有性生殖をするということであり、その長所は上にも書いたとおり、遺伝子を合体させて新しい環境に適応できる子孫を生み出すこと、また、種子が遠く運ばれることによって親株から離れたところへ分布を広げられることです。

 しかし、ヤチヤナギには繁殖についてもうひとつ作戦があることを知りました!
それは栄養生殖もするということです。ヤチヤナギには匍匐枝(ほふくし)といって根元から出て地面を横に這う枝があります。匍匐枝の節からは新しい株がつくられ、これは親株のクローンです。
これには一体どのようなよいことがあるのでしょうか。
匍匐枝でつながっている株の間では成長に必要な養分や光合成産物の相互交換が行われており、株同士は各々が生育する場所で多く得られる養分を別の株に供給し、不足している養分は提供してもらうことができます。匍匐枝で結ばれていると親株から遠く離れて分布することは難しくなりますが、結ばれた複数の株全体の生存や成長を高め、根付いた場所にしっかり定着することができるのです。

 植物が利用できる養分が少ない湿原において、新しい環境に分布を広げる作戦と根付いた場所に定着する作戦の両方を持ち合わせるヤチヤナギ。なんてたくましくしなやかなのだろうと感心してしまいました。

 しかしながら、ヤチヤナギの個体群は、北海道や尾瀬では比較的多く生育し安定しているようですが、三重県や愛知県では小さな個体群が隔離された状態で自生していて地域的には絶滅も危ぶまれているようです(愛知県版レッドデータブック2009)。たくましいヤチヤナギといえども、湿原の減少などにより少しずつ追い詰められてきています。

 生物多様性の危機は単に種の数が減少するということではなく、それぞれの種の個性豊かな生き様が失われるということだと思います。それが失われた世界はとてもパサパサとした味気ないものに感じます。

いよいよCOP10が開催されますが、これを機会に私自身も生物多様性を未来に受け継ぐために何をしていったらよいかを見つめ直してみたいと思っています。


【来年への準備 花芽や葉芽ができてきています。】