アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]
利尻山の登山道補修 その4
2011年02月10日
稚内
今日は久々の利尻山の登山道補修シリーズ第4回!
ですが、またもや前回から時間がたってしまったので、今回は、これまでの登山道補修シリーズを振り返ることからはじめてみます。
まず第1回では、登山道を“浸食”する原因のひとつである「水」の勢いを削ぐ手法について、「ステップ&プール工法」の事例を参考に紹介しましたね。次に第2回では、水の勢いを弱めるだけでは限界があるとして、登山道外に水を抜く方法を「導流水制工」という事例で紹介。前回、第3回では、登山道の“侵食”原因として水だけではなく「登山者」の影響があるとした上で、いかに登山者の動きを適切なラインに誘導すべきか、水と人の動きの違いに着目した「歩水分離型の根茎保護+階段工」をもって紹介してきました。
そして第4回では、登山者誘導の考え方を、もっと日常的な登山道メンテナンスに活かす手法を紹介したい、と書いていたので、今回はまず、登山者心理を利用した誘導の考え方を「刈払い」という日常的なメンテナンスに応用した事例を紹介したいと思います。
それでは今日も施工事例の写真からご覧いただきましょう。
写真:意図的刈払いによる登山者コントロール(場所:鴛泊コース6合目付近)
左の施行前写真のように、刈払いを怠ると、薮が生い茂って登山道を覆い隠してしまいます。登山者にしてみれば邪魔なこと極まりないですよね。刈払機を持って行って、一気に刈りこんでしまいたいところですが、ちょっと待って!
刈る前に、まず藪の下を覗き込んでみましょう。
こういう場所では、日当たりの良い斜面の方が枝の伸びが早いため、登山者が一方に追いやられる形で、徐々に歩行ラインがずれていってしまうことがあるのです。
写真の場所では、左の谷側斜面に歩行ラインがずれ込み、斜面に登山道上の礫(石ころ)が流入して、植生を覆っていました。
こういう時、刈払い前の段階で歩きやすく感じる所、つまり藪の薄いところを狙って刈払いを行うと、藪によって拡幅された、植生へのインパクトの大きいラインを固定化することにつながってしまうのです。
ですから写真の事例では、日向斜面の枝のみを刈払い、できたオープンスペースに登山者を誘導させる方法を毎年継続して行っています。これを「意図的刈払いによる登山者コントロール」(名前は、私が勝手に付けました)と呼んでいますが、この手法によって刈り残された日陰側は、徐々に足元が見えにくくなり、登山者は、ただ「自分が歩きやすいラインに進む」という本能に従って、結局、刈払い担当者の思惑通りのラインを歩かされてしまうのです。
結果は右の5年後写真を見ての通り。拡がっていたラインの上には、日陰側の枝が覆いかぶさり、今では、誰もが自然に元のラインを歩きたくなるのが分かるかと思います。
オープンスペースの創出による歩きやすさの演出と、枝を残すことによる歩きにくさの演出とのW効果による、より強度な登山者誘導の実現と言いましょうか。面白いですね。サッカーの組織的な守備体系を見ているようです。
しかし、ここで終わってしまっては、ありがちな話です。実は、今日は、その先の話、刈り払った笹や枝という「現地材」の活用方法についてもセットでご紹介したいと思うのです。続けて、事例写真をご覧ください。
写真:笹筵(場所:沓形コース登山口付近)
筵(むしろ)なんて言葉、最近の若い人は聞いたことがあるでしょうか?って、私もまだ若いつもりですが、この「笹筵」は刈り払った笹の再利用品です。
利尻山の山麓はネマガリタケという笹だらけ。これを編み込んで作ったのが笹筵になるのです。笹の交差部分には、ネマガリタケの根本を短くカットした杭を打ち込んで、ズレたり飛ばされたりするのを防いでいます。
筵の網目サイズを変えれば、落ち葉のたまりやすさや、種子のキャッチ能力、光の入り具合を変えることも可能。手作り植生ネットというワケです。雨滴や凍結融解による侵食予防にも有効です。
写真の事例では、ステップ&プール工法によって補修された登山道横の、複線化していたラインに、植生回復を促す目的で笹筵を設置しましたが、他にも、例えばショートカットや、ぬかるみを避けるために生じた脇路に、踏み込み防止と植生回復工とを兼ねて設置している場所もあります。まだ、それほど設置数は多く無いのですが、様々な場所や用途に使えそうだと考えています。
この登山道シリーズ過去3回では、石や倒木といった、大重量系の現地材を利用した工法を紹介してきましたが、工事内容がやや大掛かりで、体力的にも技術的にも、ややハードな内容に見えたかと思います。しかし、笹などの軽い現地材の活用に目を向け始めると、一気に発想が広がりませんか?
現地材の有効活用という考え方が染み付くと、通常捨ててしまうようなモノが、全て勿体無く見えてきてしまいます。基本的にすべての作業が人力手作業となる登山道補修において、この発想はとても大事。
とある石積み工法ハンドブックに、『石積みは、意志の積み重ね』と書いてありましたが、石に限らず、散在しているモノも意志を持って組み立てれば、それぞれ機能するものに生まれ変わるのです。
例えば、拾い集めた枝を使ったこんな工法もあります↓
写真:ショートカット防止を兼ねた粗朶(そだ)柵工(場所:鴛泊コース3合目)
小枝を杭に絡ませて編み込むことで、「粗朶(そだ)柵工」と呼ばれる土留め柵の簡易版が作れてしまいます。
ビーバーの作るダムみたいにも見えますね。専門家ではないので詳しく説明することは出来ませんが、背面土圧の低い場所での応急的な土留めとして有効なこの工法、製材された丸太で作る土留め柵と違って、枝と枝の空隙から、植生回復を期待することも出来ます。
粗朶柵工は、河川護岸などに用いる場合、柳などの軟らかい木を使うようですが、利尻では、あくまで落枝や刈払いによる現地発生材だけなので、針葉樹、広葉樹と樹種に関係なく、全てゴチャ混ぜ。利尻の粗朶柵工は、まだまだ完成度が低いので見本にまではなりませんが、ひとつのアイデアとして、他地区で試行錯誤している方の発想の種になればと思っています。
今回の記事を読んで、「これならウチでもやっているよ!」とか、「もっといい方法がある」と思う方もいたでしょうね。本州の山岳地では「小枝のダム」という名称で、枝木を使った土留め柵を設置しているところもありますし、是非、私も色々な登山道をウォッチングしに行きたいものです。
過去の登山道補修シリーズはコチラから↓
http://hokkaido.env.go.jp/blog/author/author417.html
※上記の施工箇所は、国立公園特別保護地区で国有林内であることから、現地石材の利用にあたっては、許可手続き等を行っています。
ですが、またもや前回から時間がたってしまったので、今回は、これまでの登山道補修シリーズを振り返ることからはじめてみます。
まず第1回では、登山道を“浸食”する原因のひとつである「水」の勢いを削ぐ手法について、「ステップ&プール工法」の事例を参考に紹介しましたね。次に第2回では、水の勢いを弱めるだけでは限界があるとして、登山道外に水を抜く方法を「導流水制工」という事例で紹介。前回、第3回では、登山道の“侵食”原因として水だけではなく「登山者」の影響があるとした上で、いかに登山者の動きを適切なラインに誘導すべきか、水と人の動きの違いに着目した「歩水分離型の根茎保護+階段工」をもって紹介してきました。
そして第4回では、登山者誘導の考え方を、もっと日常的な登山道メンテナンスに活かす手法を紹介したい、と書いていたので、今回はまず、登山者心理を利用した誘導の考え方を「刈払い」という日常的なメンテナンスに応用した事例を紹介したいと思います。
それでは今日も施工事例の写真からご覧いただきましょう。
写真:意図的刈払いによる登山者コントロール(場所:鴛泊コース6合目付近)
左の施行前写真のように、刈払いを怠ると、薮が生い茂って登山道を覆い隠してしまいます。登山者にしてみれば邪魔なこと極まりないですよね。刈払機を持って行って、一気に刈りこんでしまいたいところですが、ちょっと待って!
刈る前に、まず藪の下を覗き込んでみましょう。
こういう場所では、日当たりの良い斜面の方が枝の伸びが早いため、登山者が一方に追いやられる形で、徐々に歩行ラインがずれていってしまうことがあるのです。
写真の場所では、左の谷側斜面に歩行ラインがずれ込み、斜面に登山道上の礫(石ころ)が流入して、植生を覆っていました。
こういう時、刈払い前の段階で歩きやすく感じる所、つまり藪の薄いところを狙って刈払いを行うと、藪によって拡幅された、植生へのインパクトの大きいラインを固定化することにつながってしまうのです。
ですから写真の事例では、日向斜面の枝のみを刈払い、できたオープンスペースに登山者を誘導させる方法を毎年継続して行っています。これを「意図的刈払いによる登山者コントロール」(名前は、私が勝手に付けました)と呼んでいますが、この手法によって刈り残された日陰側は、徐々に足元が見えにくくなり、登山者は、ただ「自分が歩きやすいラインに進む」という本能に従って、結局、刈払い担当者の思惑通りのラインを歩かされてしまうのです。
結果は右の5年後写真を見ての通り。拡がっていたラインの上には、日陰側の枝が覆いかぶさり、今では、誰もが自然に元のラインを歩きたくなるのが分かるかと思います。
オープンスペースの創出による歩きやすさの演出と、枝を残すことによる歩きにくさの演出とのW効果による、より強度な登山者誘導の実現と言いましょうか。面白いですね。サッカーの組織的な守備体系を見ているようです。
しかし、ここで終わってしまっては、ありがちな話です。実は、今日は、その先の話、刈り払った笹や枝という「現地材」の活用方法についてもセットでご紹介したいと思うのです。続けて、事例写真をご覧ください。
写真:笹筵(場所:沓形コース登山口付近)
筵(むしろ)なんて言葉、最近の若い人は聞いたことがあるでしょうか?って、私もまだ若いつもりですが、この「笹筵」は刈り払った笹の再利用品です。
利尻山の山麓はネマガリタケという笹だらけ。これを編み込んで作ったのが笹筵になるのです。笹の交差部分には、ネマガリタケの根本を短くカットした杭を打ち込んで、ズレたり飛ばされたりするのを防いでいます。
筵の網目サイズを変えれば、落ち葉のたまりやすさや、種子のキャッチ能力、光の入り具合を変えることも可能。手作り植生ネットというワケです。雨滴や凍結融解による侵食予防にも有効です。
写真の事例では、ステップ&プール工法によって補修された登山道横の、複線化していたラインに、植生回復を促す目的で笹筵を設置しましたが、他にも、例えばショートカットや、ぬかるみを避けるために生じた脇路に、踏み込み防止と植生回復工とを兼ねて設置している場所もあります。まだ、それほど設置数は多く無いのですが、様々な場所や用途に使えそうだと考えています。
この登山道シリーズ過去3回では、石や倒木といった、大重量系の現地材を利用した工法を紹介してきましたが、工事内容がやや大掛かりで、体力的にも技術的にも、ややハードな内容に見えたかと思います。しかし、笹などの軽い現地材の活用に目を向け始めると、一気に発想が広がりませんか?
現地材の有効活用という考え方が染み付くと、通常捨ててしまうようなモノが、全て勿体無く見えてきてしまいます。基本的にすべての作業が人力手作業となる登山道補修において、この発想はとても大事。
とある石積み工法ハンドブックに、『石積みは、意志の積み重ね』と書いてありましたが、石に限らず、散在しているモノも意志を持って組み立てれば、それぞれ機能するものに生まれ変わるのです。
例えば、拾い集めた枝を使ったこんな工法もあります↓
写真:ショートカット防止を兼ねた粗朶(そだ)柵工(場所:鴛泊コース3合目)
小枝を杭に絡ませて編み込むことで、「粗朶(そだ)柵工」と呼ばれる土留め柵の簡易版が作れてしまいます。
ビーバーの作るダムみたいにも見えますね。専門家ではないので詳しく説明することは出来ませんが、背面土圧の低い場所での応急的な土留めとして有効なこの工法、製材された丸太で作る土留め柵と違って、枝と枝の空隙から、植生回復を期待することも出来ます。
粗朶柵工は、河川護岸などに用いる場合、柳などの軟らかい木を使うようですが、利尻では、あくまで落枝や刈払いによる現地発生材だけなので、針葉樹、広葉樹と樹種に関係なく、全てゴチャ混ぜ。利尻の粗朶柵工は、まだまだ完成度が低いので見本にまではなりませんが、ひとつのアイデアとして、他地区で試行錯誤している方の発想の種になればと思っています。
今回の記事を読んで、「これならウチでもやっているよ!」とか、「もっといい方法がある」と思う方もいたでしょうね。本州の山岳地では「小枝のダム」という名称で、枝木を使った土留め柵を設置しているところもありますし、是非、私も色々な登山道をウォッチングしに行きたいものです。
過去の登山道補修シリーズはコチラから↓
http://hokkaido.env.go.jp/blog/author/author417.html
※上記の施工箇所は、国立公園特別保護地区で国有林内であることから、現地石材の利用にあたっては、許可手続き等を行っています。