アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]
利尻山の登山道補修 その6(最終回)
2011年03月30日
稚内
山には、その土地ごとの色々な環境があるので、まずはその土地の特徴をよく観察する必要があります。前回は、利尻山山頂部の登山道荒廃の特徴について、詳しく書きましたね。今日は、その続きで、利尻山の山頂部で実際に行われた登山道補修の事例について紹介することで、このシリーズの最終回としたいと思います。
さて、山にいろいろな環境があるのなら、登山道づくりもそれに合わせて様々な手法を考えなくてはなりません。しかし案ずる事なかれ、登山道づくりの基本はどこでも一緒です!木柵階段にしても、石組工にしても、ポイントはこれまで書いてきたとおり、「水」と「人」という登山道にとっての2大インパクトをいかに処するかにあります。
ただし、山ごとの固有の条件のうち、弱点がある場合は、そこをカバーした上での、人と水のインパクト削減対策を取らなければなりません。その検討過程が加わることが、いわゆる普通の工事とは異なるのです。
利尻山にとっての弱点は、前回書いたとおり火山性の脆い地質にありますから、何とかして脆い土壌を安定させる必要がありましたが、スコリア土壌における登山道補修は、これまでほとんど事例がなく、有効な工法を見つけるには、慎重な現地観察と現場での試行錯誤が必要でした。利尻山の山頂部では、2005年度から様々な工法による試験的な施工を行っています。
今日紹介する「ジオセル工」も試験施工のひとつです。
写真:ジオセル多段積み工(施行前→施工中→施工後)
ジオセル工は、蜂の巣状に見えるポリエチレン製の「ジオセル」と呼ばれるものに、現地の土砂を充填し、セル内の土砂を拘束する(動きを止める)工法で、特に軟弱地盤の安定化に効果を発揮します。
写真:ジオセル多段積み工の効果(流水と踏圧への耐性の向上)
まず水が流れている写真を見てください。
階段状にジオセルを積み重ねることで、小滝が一段一段に生まれ、流水の勢いを削いでいるのがわかるかと思います。
前回、スコリアが降り積もった土壌はルーズで締まりが悪いと、その負の側面を書きましたが、逆に空隙が多いので透水性が良く、よほど強い雨が降らない限り表面流が流れないという良い特徴も持っています。ジオセル工によって生まれた平坦面は、帯水時間を長くすることで、さらにスコリア土壌の透水性の良さを生かすことに成功したのです。
次に、人が歩いている写真を見てください。
施行前には斜面に転がるスコリアに足を取られていたのに、蜂の巣状のセルに充填された土壌は、人が蹴り込んでもビクともしないので、登山者は直立して普通に歩くようになりました。浮石になったスコリアはスリップの元ですが、平坦面に安定させれば逆に水はけが良くグリップ力の高い良質な路盤になるのです。
“見方を変えれば味方に変わる”とは、まさにこのことですね!
(↑北海道の人にしか分からない??)
ジオセル工自体は、利尻の地質条件に合わせた特殊工法と言えますが、こういう発想は、どの山でも通じることでしょう。どんな条件においても、「人」と「水」の両方に配慮した登山道づくりが必要だということも、なんとなくお分かりいただけたかと思います。
また、空隙の多いスコリア層は、意外なほどに早い植生回復も見せてくれています。
施工3年目時点での回復種は、ジンヨウスイバ(マルバギシギシ)やスゲの類など限られているので、「効果アリ」と判定するには、まだモニタリング不足ですが、空隙の多いスコリア層における種子の定着しやすさや、風や低温からの保護といった効果があるのかと推測しています。
利尻山における登山道補修の目的は、「歩きやすさの向上」でも「水が流れても大丈夫な道にすること」でもありません。それらはむしろ、植生の回復という最終目標を達成するための手段に過ぎないのです。
この目標の達成には長い年月がかかることでしょう。ひとりの人間の人生では、時間が足りないかもしれませんが、目的と手段を取り違えること無く、一歩一歩、作業とモニタリングを継続していかなければならないでしょう。
今後の見通しは必ずしも明るいものばかりではありませんが、予算の不足、担い手不足、技術不足と様々な問題を、広い視点から解決していかなければなりません。
特に今一番、登山道の補修に欠けているのは、作ったものの適切な維持管理です。
“登山道らしい登山道”を維持していくためには技術が必要ですが、現状では、技術不足な上に、安定的な担い手を確保することは非常に難しいと言わざるを得ません。
山を治すためには、とにかく、山をよく見ることです。
それが、この5年間、アクティブレンジャーとして利尻山と関わってきて学んだ一番大きなことですが、どこまで見続けることが出来るか・・。
私は、3月いっぱいでアクティブレンジャーを退職しますが、今後も引き続き利尻山の維持管理に携わる仕事につきます。今後も目一杯、山の具体的な保全策をPRしていきますので、どうか皆さまにも山に注目を持ち続けていただきたいと思います。
大きな地震があり、今は目の前のことだけに精一杯の方も大勢いると思います。私は、山なんかに携わっているだけでよいのか、と思うこともありますが、やがて落ち着きを取り戻し、私たちを包む自然に目が向けられるようになったときのことを思い、一歩一歩、作業を続けていきたいと思います。
今後も、利尻山でこのような人を見かけたら、是非声をかけてください!!!
写真:山頂部の植生回復と、登山道補修の作業風景
さて、山にいろいろな環境があるのなら、登山道づくりもそれに合わせて様々な手法を考えなくてはなりません。しかし案ずる事なかれ、登山道づくりの基本はどこでも一緒です!木柵階段にしても、石組工にしても、ポイントはこれまで書いてきたとおり、「水」と「人」という登山道にとっての2大インパクトをいかに処するかにあります。
ただし、山ごとの固有の条件のうち、弱点がある場合は、そこをカバーした上での、人と水のインパクト削減対策を取らなければなりません。その検討過程が加わることが、いわゆる普通の工事とは異なるのです。
利尻山にとっての弱点は、前回書いたとおり火山性の脆い地質にありますから、何とかして脆い土壌を安定させる必要がありましたが、スコリア土壌における登山道補修は、これまでほとんど事例がなく、有効な工法を見つけるには、慎重な現地観察と現場での試行錯誤が必要でした。利尻山の山頂部では、2005年度から様々な工法による試験的な施工を行っています。
今日紹介する「ジオセル工」も試験施工のひとつです。
写真:ジオセル多段積み工(施行前→施工中→施工後)
ジオセル工は、蜂の巣状に見えるポリエチレン製の「ジオセル」と呼ばれるものに、現地の土砂を充填し、セル内の土砂を拘束する(動きを止める)工法で、特に軟弱地盤の安定化に効果を発揮します。
写真:ジオセル多段積み工の効果(流水と踏圧への耐性の向上)
まず水が流れている写真を見てください。
階段状にジオセルを積み重ねることで、小滝が一段一段に生まれ、流水の勢いを削いでいるのがわかるかと思います。
前回、スコリアが降り積もった土壌はルーズで締まりが悪いと、その負の側面を書きましたが、逆に空隙が多いので透水性が良く、よほど強い雨が降らない限り表面流が流れないという良い特徴も持っています。ジオセル工によって生まれた平坦面は、帯水時間を長くすることで、さらにスコリア土壌の透水性の良さを生かすことに成功したのです。
次に、人が歩いている写真を見てください。
施行前には斜面に転がるスコリアに足を取られていたのに、蜂の巣状のセルに充填された土壌は、人が蹴り込んでもビクともしないので、登山者は直立して普通に歩くようになりました。浮石になったスコリアはスリップの元ですが、平坦面に安定させれば逆に水はけが良くグリップ力の高い良質な路盤になるのです。
“見方を変えれば味方に変わる”とは、まさにこのことですね!
(↑北海道の人にしか分からない??)
ジオセル工自体は、利尻の地質条件に合わせた特殊工法と言えますが、こういう発想は、どの山でも通じることでしょう。どんな条件においても、「人」と「水」の両方に配慮した登山道づくりが必要だということも、なんとなくお分かりいただけたかと思います。
また、空隙の多いスコリア層は、意外なほどに早い植生回復も見せてくれています。
施工3年目時点での回復種は、ジンヨウスイバ(マルバギシギシ)やスゲの類など限られているので、「効果アリ」と判定するには、まだモニタリング不足ですが、空隙の多いスコリア層における種子の定着しやすさや、風や低温からの保護といった効果があるのかと推測しています。
利尻山における登山道補修の目的は、「歩きやすさの向上」でも「水が流れても大丈夫な道にすること」でもありません。それらはむしろ、植生の回復という最終目標を達成するための手段に過ぎないのです。
この目標の達成には長い年月がかかることでしょう。ひとりの人間の人生では、時間が足りないかもしれませんが、目的と手段を取り違えること無く、一歩一歩、作業とモニタリングを継続していかなければならないでしょう。
今後の見通しは必ずしも明るいものばかりではありませんが、予算の不足、担い手不足、技術不足と様々な問題を、広い視点から解決していかなければなりません。
特に今一番、登山道の補修に欠けているのは、作ったものの適切な維持管理です。
“登山道らしい登山道”を維持していくためには技術が必要ですが、現状では、技術不足な上に、安定的な担い手を確保することは非常に難しいと言わざるを得ません。
山を治すためには、とにかく、山をよく見ることです。
それが、この5年間、アクティブレンジャーとして利尻山と関わってきて学んだ一番大きなことですが、どこまで見続けることが出来るか・・。
私は、3月いっぱいでアクティブレンジャーを退職しますが、今後も引き続き利尻山の維持管理に携わる仕事につきます。今後も目一杯、山の具体的な保全策をPRしていきますので、どうか皆さまにも山に注目を持ち続けていただきたいと思います。
大きな地震があり、今は目の前のことだけに精一杯の方も大勢いると思います。私は、山なんかに携わっているだけでよいのか、と思うこともありますが、やがて落ち着きを取り戻し、私たちを包む自然に目が向けられるようになったときのことを思い、一歩一歩、作業を続けていきたいと思います。
今後も、利尻山でこのような人を見かけたら、是非声をかけてください!!!
写真:山頂部の植生回復と、登山道補修の作業風景