ACTIVE RANGER

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

北海道地方環境事務所のアクティブ・レンジャーが、活動の様子をお伝えします。

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2020年04月01日春っていいよな~

大雪山国立公園 渡邉 あゆみ

 こんにちは、東川管理官事務所の渡邉です。

 事務所で仕事をしていると、上空を渡っていくハクチョウの鳴き声が聞こえてくる季節になりました。「オーイ、こっちだぞ~」と仲間を呼んでいるのでしょうか。

 事務所の庭には早くもフクジュソウが咲きました。

 落ち着かない日々が続いていますが、そんな中でも身近な自然の季節のうつろいを感じると、和やかな気持ちになります。早く、そしていつまでも平穏な日常が続きますように。

 さて、旭岳ビジターセンターに新しい展示が増えましたので、お知らせします。

 【① 高山植物と高山性昆虫のアクリル標本】

 なかなかじっくり見られない昆虫や、高山植物の種や断面など、アクリル標本を手に持って観察することができます。お花も昆虫も、厳しい山岳地に生息しているとは思えないほど、華奢な姿です。

 【② アクティブレンジャーが作成したクイズの冊子やコースの紹介など】

 「あなたに合ったオススメの登山ルート(入門編と宿泊編)」、「高山植物クイズ」、「アニマルトラックのクイズ」など、現行の展示は平面のものが多いので、めくったり、開いたりしたくなるよう工夫しました。

 ご来館いただいた方に、楽しんでもらえる特別なビジターセンターになるよう、これからも色々な展示や体験が増えていく予定です。お楽しみに。

 状況が落ち着いたら、新しい展示が増えたビジターセンターにお越し下さい。

 それまでは、ガーデニングや家庭菜園もはじめられる時期になりますし、読み溜めていた読書などご自宅で過ごす楽しみを見つけてみてはいかがでしょうか?ランニング、お散歩も良い時期になりますよ。

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2020年04月01日下サロベツ木道の思い出

利尻礼文サロベツ国立公園 青山留美子

この冬、サロベツにある木道は、あちらもこちらも工事をしていました。

寒さの中、例年よりは少ない雪に苦戦しつつも、新しい木道は完成検査も終わり、新たな季節の到来を待つばかりになっています。

それとは逆に、今年度で廃止となり撤去された木道もあります。

それが、下サロベツ木道です。

幌延ビジターセンターからパンケ沼園地へと約3km続いていました。

年々木道の傷みが激しく、維持するのも難しくなり、利用する方の数も限られる場所であることから、撤去されることになりました。

歩くたびに壊れている場所を発見するような木道でした。

なんとか維持するため、補強を繰り返し、つぎはぎだらけになっていました。

見た目は悪いかもしれませんが、私にとってはいくつもの思い出がある木道です。

つぎはぎの木道上から、たくさんの出会いがありました。

一番の思い出は、湿原の植物たちにとても間近に出会えたことです。

様々な鳥たちとの出会いもありました。

木道の幅が狭いので、すれ違う時に譲り合う必要があるため、

山道や雪道のように、ちょっとしたふれあいがおこる所も魅力でした。

トビとオジロワシとチュウヒが三つ巴になっていたのを見た時は、すれ違った方と共に興奮しました。

初めてサロベツでヒグマの痕跡を見たのもこの木道でした。

怖さを含めて、サロベツを体感させてもらいました。

下サロベツ木道を歩くと、

広大な湿原と空に囲まれ、聞こえてくるのは風の音と鳥たちの声だけでした。

たまには、ヒグマがいないかビクビクしたり、ぽつんと一人でいるさみしさを感じたりもしましたが、多くは、この壮大さを味わうことが本当に楽しかったです。

冬の間に木道は撤去され、跡が残っているだけになりました。

寂しさもありますが、また新たな出会いが待っているかもしれません。

新たな木道と湿原が早くなじむ事を願いながら、

次なる出会いが、今から待ち遠しいです。

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2020年03月31日「歴史ありけり、そして未来がある」

大雪山国立公園 岩城大洋

 みなさん、こんにちは。上川自然保護官事務所の岩城です。

新型コロナウィルスの影響は日々深刻な度を増していますね。。。

いつまで続くか分からない現状が、気持ちをナイーブにしてしまいますが、

終息後は「何をしよう」、「どこに旅行へ行こう」など遊ぶ計画を立てながら週末を過ごし気を紛らわせているこの頃です。

いつ終息するかは分かりませんが、みなさんもまずは遊びに行く計画を立ててみてはいかがでしょうか。

そこで今回は、今後の旅行の計画の参考にしていただくため、層雲峡の歴史から温泉が開拓された当時のお湯の成分までをご紹介したいと思います。

 

         上川町から層雲峡方面 ※層雲峡は見えませんが真ん中奥が層雲峡方面

さて、上川町史を調べると層雲峡で温泉が発見されたのは安政4年(1854年)。石狩在勤の足軽松田市太郎によって「大川端に温泉数カ所有之」と記述されています。

その後、約半世紀の間、層雲峡の記述はほとんど無く再び上川町史に登場するのは、明治30年代に入ってから。もちろんその頃はまだ層雲峡とは命名されていません。

明治33年(1900年)には温泉開発が始まり、大正4年(1915年)頃には層雲峡温泉は様々な温泉名でと呼ばれるようになりました。

有名なところでは塩谷温泉、国沢温泉など、ほとんどは事業者の名字を取った温泉名だったようです。

また、興味深いことに明治33年当時の温泉(現層雲峡温泉)の温泉成分が上川町史には記載されていましたので紹介します。

鉱泉証明書には

・有機物 少量

・安母尼亜(アンモニア)痕跡

・亜硝酸 無シ

・格魯兒 (塩素) 少量

・炭酸 多量

・硫酸  少量

・硫化水素 無シ

・石灰 少量

・苦土(マグネシウム) 無シ

・加留謨(カリウム) 痕跡

・那篤倫(ナトリウム)痕跡

・亜酸化鉄 痕跡

いまから120年前の温泉成分。和名からも歴史を感じさせますね。

明治44年(1911年)頃には愛別村長太田龍太郎氏が塩谷温泉を訪れ「霊山碧水」と命名。

大正10年(1921年)には、大町桂月が黒岳から大雪山を縦走する際に霊山碧水を訪れ、そのときに「層雲峡」と命名。

大雪山を縦走したときの紀行文「層雲峡より大雪山」にはかの有名な「富士山に登って山岳の高さを語れ、大雪山に登って、山岳の大さ(おおい)を語れ。」との名文があります。紀行文は雑誌「中央公論」に掲載され、層雲峡は景勝地として全国的に有名になりました。

昭和に入ってからは、黒岳ロープウェイが開業し夏は登山、冬はスキーを楽しめる山岳観光の拠点となり、平成には「上川・層雲峡圏プラン65基本構想」により、建物の色彩、デザインの統一などを生かした街並みが整備されました。

長い時間をかけて層雲峡はいまの姿、形へと進化してきました。

 

             現在の層雲峡温泉  (右奥に見えるのは黒岳)

層雲峡と命名されてから今年で99年。来年には命名100周年を迎えます。

いまは、新型コロナウィルスの影響で国内の観光地は非常に厳しい状況となっています。

ウイルスが終息するまでは、前には進めませんが、準備をすることはできます。

2021年は層雲峡に取って大切な年。

大雪山国立公園のためにも層雲峡地区の活性は重要だと思っています。

今後、復活の日に向けて様々なアイディアを絞り出し多くの観光客が戻っている層雲峡に少しでも協力できればと思っています。

99年前の層雲峡。そしていまの層雲峡。そして未来の層雲峡のために。

今回の日記はここまで。

また次回をお楽しみに。。。

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2020年03月31日大雪山国立公園管理事務所へ変わります

大雪山国立公園 忠鉢伸一

上川アクティブレンジャー忠鉢です。

春分の日が過ぎ、ようやく冬の終わりがきたようです。

今シーズンは雪が少なかった為か、上川町はほとんど道路の雪も消えて春らしくなってきました。

(上川町から見える大雪山)

卒業、旅立ちのシーズンですが、今回はご報告があります。

4月から上川自然保護官事務所は大雪山国立公園管理事務所へと名称が変わり、

人員も今までの3人体制から5人体制になります。

新年度からは自然保護に加えて、大雪山国立公園をよりよく利用するためにはどうするべきか、そのために何ができるかということにも力を入れて活動していくことになります。

特に層雲峡地域の活性化や大雪山の情報発信に力を注げるようになっていくと思います。

今までやりたくても手が足りなくてできなかったこと等試していけたらいいなと思っています。

(上川自然保護官事務所の看板も見納めです)

名前も体制も変わり、4月付で配属される新しいメンバーと共に新年度を迎えます。

今後ともよろしくお願い致します。

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