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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

思わぬ急患

2007年03月15日
阿寒湖
3月6日(火) 晴れ 9:30a.m. 

 事務所の駐車場に止めてあった公用車をバックさせて出そうとしたその時だった。真後ろに突如一台の車が入ってきた。その時点ではまだ私は事態がわからずにいた。「せっかくバックしようとしたのに?」と思いながらも、その入ってきた車の車内をおもむろにみてみると、「んっ??ん?!!!オオワシじゃないか?!!なんで?どうして?」と心の中で絶叫する。なんとそこには、後部座席の背もたれの肩にとまった1羽のオオワシだった。
        
 思いもよらぬオオワシとのご対面。オオワシを搬送してきたのは北海道の鳥獣保護監視員の方だった。監視員の話によると、昨日の夜に阿寒湖畔スキー場付近の養魚場にて衰弱していたオオワシ1羽を阿寒湖漁業協同組合の職員の方が発見したとのこと。その後、道の監視員に連絡が入り、昨晩一時保護するということになったという。

 戸田保護官が釧路湿原野生生物保護センター(WLC)へすぐさま連絡。車内にいたオオワシを毛布で覆って箱に戻そうとする。しかし、鋭い爪が座席のシートに深く食い込み、なかなか離れようとしない。今度は、2,3人の男性にも手伝ってもらい、爪1本1本を慎重に座席のシートから外していく。そしてなんかとか無事、箱の中へオオワシを収めることができた。
(※もし、負傷したり衰弱したりしているオオワシ、オジロワシなどの大型の鳥類を発見したら、まず都道府県の担当部局や環境省に連絡をして下さい。決して一人で扱わないようにして下さい。大変危険です。)

 衰弱したオオワシをWLCへ搬送するのが私の任務となった。阿寒湖畔からWLCまでは、車で約1時間半。
「オオワシを乗せて1時間半の旅か」
「もし運転中、箱から突然飛び出してきたらどうしよう」・・・
とか色々なことが頭の中を錯綜する。
 なにしろオオワシと二人きり(?)のドライブは、過去に経験した覚えがない。少々不安を抱えながらも、聞いた情報を頭の中で整理しつつ、オオワシを乗せた車を走らせ、WLCへと急いだ。


11:30a.m. 釧路湿原野生生物保護センターに到着。

 早速獣医さんにオオワシを診てもらった。「しばらくこちらにいてください」と獣医さんに言われ、しばらく診察の様子を見ることになった。まず、体に外傷がないか確認し、聴診器で診察、血液検査、体重測定、補液、レントゲン、給餌等を獣医さんが手際よく済ませていく。
 よく見るとオオワシの尾羽の部分に緑色の便が付着していた。通常の排泄物の色は白色と黒色だが、緑色の便は、鉛中毒の症状だという。案の定、獣医さんによると、鉛中毒の可能性があるとのこと。しばらくWLCで収容し様子を見てもらうことになった。


11:30p.m. 診察終了

 帰りの車の中で、しばらく「鉛中毒」という言葉が頭に響いていた。既に北海道では、エゾシカ猟においては鉛弾の使用が禁止されている。それがなぜ、鉛中毒の症状が出ているのか。それを考えるととても心が痛む。後になって聞いた話だが、衰弱したオオワシが発見された場所の上空を1羽のオオワシが旋回して飛んでいたという。おそらくこの2羽のオオワシは、つがいだったのだろう。今こうしている間もその衰弱したオオワシを待っているのかもしれないと思うととてもせつない。


 こうした野生鳥獣の鉛中毒の問題の一番の解決策は、狩猟の際に鉛弾を使用しないこと。鉛弾から無毒性の代替弾への切り替えができれば、多くの野生生物が広い自然環境の中で安心して棲息ができる。私たちのほんの少しの配慮、思いやりで自然環境は、少しずつではあるけれど私たちの気持ちに答えてくれ、私たちをも幸せにしてくれるはず。
 衰弱したオオワシが1日も早く回復し、再び元気に大空を舞う日がくればと思う。


●鉛中毒とは
 鉛弾で撃たれ放置されたエゾシカの体内に残された鉛分を、猛禽類等が肉と一緒に摂取してしまうなどして起きるもの。死に至ることもある。症状としては(オオワシの場合)、前かがみになり、尾羽に緑色の便が付着することなど。



★オオワシの豆知識★

和名 オオワシ  学名 Haliaeetus pelagicus pelagicus (Pallas, 1811)
英名 Stellar’s sea eagle (East Siberian subspeacies)

摘要:カムチャッカ半島・オホーツク海沿岸・サハリン北部で繁殖し、日本には冬鳥として渡来する。北海道各地の海岸、湖沼周辺とくに知床半島、根室海峡の海岸に多く越冬する。

形態:全長90~100cm、翼開長220~245cm。メスがオスより大きい。体の大部分は黒褐色、小雨覆、下雨覆の一部、腿、尾は白色。尾はくさび形をしている。嘴と脚は黄色。オジロワシに比べ大型。

生態:繁殖期は、4月下旬~8月。産卵数は1~3、多くは2。幼鳥は8月上旬に巣立つ。日本には10月下旬~11月に飛来、多くは3月下旬までには渡去する。

食性:主に魚類、鳥類、哺乳類を捕らえて、またはこれらの死体を食べる。
                        
その他:2005年12月にオオワシ保護増殖事業計画が文部科学省、農林水産省、国土交通省、環境省により策定され、当計画に基づき各種保護増殖事業が実施されている。

<参考文献> 

・森と木と人のつながりを考える (株)日本林業調査会,2001. 野生鳥獣保護管理ハンドブック?ワイルドライフ・マネージメントを目指して?

・財団法人 自然環境研究センター,2001. 日本の絶滅のおそれのある野生
生物?レッドデータブック?(脊椎動物編)

・斜里町・斜里町教育委員会,1999. しれとこライブラリー?知床の鳥類


車内にいた思わぬ急患(オオワシ)。これほど間近で見たのは初めてかもしれない。衰弱しているとはいえ、ものすごい迫力。


血液検査を受けるオオワシ(釧路湿原野生生物保護センターにて)


白い尾羽に付着した緑色の便。鉛中毒のワシは、尾羽が緑色に汚れていることが多いという。