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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

層雲峡命名100周年

2021年08月31日
上川 忠鉢伸一

こんにちは

大雪山国立公園管理事務所の忠鉢です。

8月も最後の日を迎え、そろそろ次の季節が来そうですね。

今年は大雪山もとても暑い夏でしたが、山の上ではすでに紅葉が始まっています。

朝晩は気温もぐっと下がってきました。

今年は層雲峡命名100周年ということで少し層雲峡命名のお話をしようと思います。

層雲峡と名付けたのは、「大町桂月」という当時全国的に広く知られる文学者とされています。

大正10年(1921年)8月、大町桂月は層雲峡を初めて訪れた際に、当時「霊山碧水峡」と呼ばれていた石狩川上流の渓谷を、アイヌ語「ソウンペッ(滝のある川)」にちなむ双雲別川をヒントに「層雲峡」と命名しました。

この時、大町桂月は層雲峡から数日間がかりで大雪山系を縦走し、天人峡に下山しました。

桂月岳から見た夕暮れ(8月)

この当時は、国内では、すでにロープを使ったクライミングが始まっていたという記録もあり、日本人登山家がヨーロッパアルプスで最も困難なルートに初登攀するという時代でしたが、大町桂月はなんと袷衣姿に草鞋履きで沢筋を遡行して稜線へ登り、縦走を果たしたことになります。高性能な道具もない、整備された登山道も、ロープウェイもない時代です。無謀とも思える山行ですが、彼の冒険に対する情熱と、なにより8月の天気に恵まれたから成し遂げられた縦走だったのかもしれません。

縦走の途中、大雪山系黒岳の近くにあった無名の山に登頂しました。この大雪山縦走計画の企画者でもある塩谷忠の提案で、この無名の山がのちに桂月の名を冠した桂月岳(標高1938m)となったと言われています。

この大町桂月による縦走後、層雲峡や大雪山の名は全国に知れ渡っていくことになります。

大雪山が国立公園として指定されるのはそれからさらに13年後の1934年になります。

そのお話はまたいつか日記に書こうと思います。

層雲峡園地にある大町桂月の碑文

「人若し余に北海道の山水を問えば、第一に大雪山を挙ぐべし。次に層雲峡を挙ぐべし。大雪山は頂上広くして、お花畑の多き点に於いて、層雲峡は両崖の高く且つ奇なる点に於いて、いづれも天下無双」

と書かれています。

現代風に大まかに訳すと・・・

「誰かが北海道の素晴らしい景観はどこか?私に尋ねればこう答えます。最初に大雪山を推薦します。次が層雲峡です。大雪山は頂上部分が広く、お花畑が多いのが特徴です。層雲峡は崖がとても高く、その形はとても変わっています。両方とも他には、まず見ることができないほど素晴らしいものです」

大雪山と層雲峡は、これから100年後も碑文にあるような素晴らしい場所であり続けてほしいです。

大町桂月(1869~1925)高知県生まれ 詩人、歌人、随筆家、評論家 

大正時代には登山家としても活動し、北海道各地を旅してその魅力を発信しました。

※大町桂月の文学碑は層雲峡以外にも北海道各地に点在しています。

参考文献「大町桂月の大雪山」

    「大雪山のあゆみ」

    「大雪物知り百科」