
アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]
阿寒湖巡視と文学散歩 (歌碑/滝口自然探勝路)
2025年11月01日
阿寒湖
巡視地図
Intro 巡視の中で
こんにちは、阿寒湖事務所の熊野です。
僕たちアクティブレンジャーは所管地の巡視が任務の一つなので、
公園内の山・森・園地等の見回りを業務として行っています。
自然状況や公園の変化を日々逃さず感知する、
荒天が過ぎれば素早く状況の確認に向かう、
現地についての報告書を作成し、
具体的な対処を検討する、
そんな様相で、国立公園を具に見つめているフィールドのレンジャーである。
そうこうしている必然、目に入ってくるのは自然情報だけでもなかったりする。
道の脇でどっしりと、季節天気を問わずいつも不動で佇んでいる、歌碑という人跡。
人影のように目に留まる日があったり、空気のように眼前を滑る日があったり。
これまでは字句解読の困難さに怠けていて、内容が気にはなりつつも、そのうち調べようと後回しにしていた。
いた、のだがなんというか、漸く腰を上げて向き合ってみることにする、秋なので。
がんばろう、何と書かれているのだろうか。
道の脇でどっしりと、季節天気を問わずいつも不動で佇んでいる、歌碑という人跡。
人影のように目に留まる日があったり、空気のように眼前を滑る日があったり。
これまでは字句解読の困難さに怠けていて、内容が気にはなりつつも、そのうち調べようと後回しにしていた。
いた、のだがなんというか、漸く腰を上げて向き合ってみることにする、秋なので。
がんばろう、何と書かれているのだろうか。
歌碑 ①
まず ボッケ遊歩道 入口 の歌碑に立ち合う。
事務所から出てすぐの場所、言うなればお隣さんだ。
疎かにしていて申し訳なかったです。
かの松浦武四郎(*)さんだと気づいていながら。。。
(*江戸時代末期に北海道中に足跡を残した探検家(1845~1858年にかけて計6回の蝦夷地踏査)。北海道の名付け親、1858 (安政5)年3月に阿寒湖畔を訪れる。)
最初から、流れるような筆運びで難易度が高い。
どうやら七言絶句の漢詩が草書体で記されている様子(七言絶句…高校生ぶりに呟いた単語な気がする)。
とりあえず、読んでみよう。
どうやら七言絶句の漢詩が草書体で記されている様子(七言絶句…高校生ぶりに呟いた単語な気がする)。
とりあえず、読んでみよう。
風を感じる水面があり、夕陽がだんだんと溶けていく時間帯、
棹をついた小舟で、望んだ湖上から岸へ沿って帰っていく中、
影を落とした聳える雪山を見上げながら、
あの山に昨日はよじ登ったわけか(しみじみ)、
そんな情景が立ち上がる。
武四郎さんの旅路はアイヌの方に案内してもらっていたはずなので、
この時も一人ではないはずだ。
隣にガイドがいる中でこの詩を綴ったんだよなぁ、と思いながら読むと、
夕暮れに雪峰の風景なはずなのに、不思議となんだか暖かい心地がしてくる。
棹をついた小舟で、望んだ湖上から岸へ沿って帰っていく中、
影を落とした聳える雪山を見上げながら、
あの山に昨日はよじ登ったわけか(しみじみ)、
そんな情景が立ち上がる。
武四郎さんの旅路はアイヌの方に案内してもらっていたはずなので、
この時も一人ではないはずだ。
隣にガイドがいる中でこの詩を綴ったんだよなぁ、と思いながら読むと、
夕暮れに雪峰の風景なはずなのに、不思議となんだか暖かい心地がしてくる。
意外と面白くなってきた。
こんな探索をしていると、世の中には「文学散歩」という概念があるらしい、と気が付いてしまう。
聞き慣れない熟語に「ナンダソレ...」と戯れに訝りながら、そんな文化もあるのか…、と自身の乏しい教養に少々面くらう。
ちょっとだけ調べてみたところ、「花鳥風月ではなく文学的情報を切り口とするお散歩」というところで僕の認識は落ち着いた。
現代風に言うと、「何かの原作舞台やロケ地を訪ねるなど聖地巡礼」みたいなもので、
「クラシックなコンテンツツーリズム」のようなもの、かも、
と仮置きしてみると、座りよく脳内で整理されたわけだ。
散歩のような気もするが、これは散策のような気もする。
巡視の流れのつもりだったが、どうやら僕は文学散歩もしているらしい。
阿寒の森も案内人が欲しくなるけれど、言葉の森でも案内人が欲しくなる。
なんにせよ、
武四郎さんの漢詩に妙にほっこりした僕は、
同行二人を得たような心持で次の歌碑へと足を進める。
こんな探索をしていると、世の中には「文学散歩」という概念があるらしい、と気が付いてしまう。
聞き慣れない熟語に「ナンダソレ...」と戯れに訝りながら、そんな文化もあるのか…、と自身の乏しい教養に少々面くらう。
ちょっとだけ調べてみたところ、「花鳥風月ではなく文学的情報を切り口とするお散歩」というところで僕の認識は落ち着いた。
現代風に言うと、「何かの原作舞台やロケ地を訪ねるなど聖地巡礼」みたいなもので、
「クラシックなコンテンツツーリズム」のようなもの、かも、
と仮置きしてみると、座りよく脳内で整理されたわけだ。
散歩のような気もするが、これは散策のような気もする。
巡視の流れのつもりだったが、どうやら僕は文学散歩もしているらしい。
阿寒の森も案内人が欲しくなるけれど、言葉の森でも案内人が欲しくなる。
なんにせよ、
武四郎さんの漢詩に妙にほっこりした僕は、
同行二人を得たような心持で次の歌碑へと足を進める。
歌碑 ②
ボッケ遊歩道 から 湖のこみち へ、その出入口辺りにあるのがこの歌碑になる。
『マリモの唄』は、1953(昭和28)年に発表された歌謡曲だ。
とりあえず僕でも即座に可読できる字面なっていて助かる。
この歌碑には3番まである歌詞の中で1番のみ彫られていて、
全体は七五調で組まれており、現代日本人でも馴染みのある韻を踏みながら歌詞が進む。
こちらも冒頭に「水面」と「風」が出てくる。
これは作詞者が武四郎さんの漢詩に呼応させたのだろうか、
それとも「水面」と「風」は 阿寒湖 が誰もに印象を残してしまう要素なのだろうか、
とか、想像が膨らみながら今日は湖を見つめる。
(*私的な現地解釈です)
この曲はチュウルイ島に向かう観光汽船に乗船すると船内で自然と耳にでき、湖上にて叙情たっぷりに聴くこともできる。
全編の歌詞の印象では、阿寒湖でマリモに語りかけている主人公の様子が浮かんできて、
僕は湖を眺める人を眺めながら、水面を見つめるリフレッシュ効果や浄化作用ついて、ふと考える。
次に向かおう。
とりあえず僕でも即座に可読できる字面なっていて助かる。
この歌碑には3番まである歌詞の中で1番のみ彫られていて、
全体は七五調で組まれており、現代日本人でも馴染みのある韻を踏みながら歌詞が進む。
こちらも冒頭に「水面」と「風」が出てくる。
これは作詞者が武四郎さんの漢詩に呼応させたのだろうか、
それとも「水面」と「風」は 阿寒湖 が誰もに印象を残してしまう要素なのだろうか、
とか、想像が膨らみながら今日は湖を見つめる。
(*私的な現地解釈です)
この曲はチュウルイ島に向かう観光汽船に乗船すると船内で自然と耳にでき、湖上にて叙情たっぷりに聴くこともできる。
全編の歌詞の印象では、阿寒湖でマリモに語りかけている主人公の様子が浮かんできて、
僕は湖を眺める人を眺めながら、水面を見つめるリフレッシュ効果や浄化作用ついて、ふと考える。
次に向かおう。
歌碑 ③
湖のこみち から引き返し、滝口線 の出入口(「ボッケ遊歩道」側)に建っているのが、
石川啄木の歌碑である。
文字の退色が進行中なのもあり、またも読みづらい。
こちらは 五七五七七 の短歌だ、解読さえできれば内容は素直に読めてしまう。
こちらは 五七五七七 の短歌だ、解読さえできれば内容は素直に読めてしまう。
「遠く姿を現わせる」というように、
どうやら啄木さんは実際に阿寒を訪れたわけではなく、
白銀の阿寒山群を釧路の方から遠望してこれを詠んだようだ。
そういえば釧路市街からの阿寒は普段眺める機会がなかった。
ので、釧路から望んでみた阿寒湖方向の写真もここに載せておく。
どうやら啄木さんは実際に阿寒を訪れたわけではなく、
白銀の阿寒山群を釧路の方から遠望してこれを詠んだようだ。
そういえば釧路市街からの阿寒は普段眺める機会がなかった。
ので、釧路から望んでみた阿寒湖方向の写真もここに載せておく。
こういう感じだったんだろうか、と、遠い過去の景色を想像する。
現代の僕は展望台に登ることで 雌阿寒・雄阿寒 を遠望しているが、
「神のごと」な「あけぼの」を、啄木さんはどんな地点から眺めたのだろう。
その荘厳さが気にはなりつつ、今回は阿寒湖に戻る。
滝口線(滝口自然探勝路)は微妙に長い。
現代の僕は展望台に登ることで 雌阿寒・雄阿寒 を遠望しているが、
「神のごと」な「あけぼの」を、啄木さんはどんな地点から眺めたのだろう。
その荘厳さが気にはなりつつ、今回は阿寒湖に戻る。
滝口線(滝口自然探勝路)は微妙に長い。
歌碑 ④
滝口線 のもう片方の出入口(「雄阿寒岳登山口」側)に到達すると、
ここで迎えてくれるのも松浦武四郎さんだ。
二度目のこちらは難読性が増しましだ、草書体 に加えて 変体仮名 もある。
おまけに文字は着色がなかったのか経年剥離したからなのか、石一色となっていてなおさら読みづらい。。。
眉間に深い皺を寄せながらも、入口から出口での武四郎さんとの再会で不思議と心が和らぐ。
共に歩きお見守りいただきありがとうございます、もはやそんな気がしてきた。
読めない文字さえ解読できれば、こちらも詠んだまま読むことができるのが心地良い。
阿寒の雄大さと共に、現地を肌で感じた解像度を感じさせてくれる短歌だった。
おまけに文字は着色がなかったのか経年剥離したからなのか、石一色となっていてなおさら読みづらい。。。
眉間に深い皺を寄せながらも、入口から出口での武四郎さんとの再会で不思議と心が和らぐ。
共に歩きお見守りいただきありがとうございます、もはやそんな気がしてきた。
読めない文字さえ解読できれば、こちらも詠んだまま読むことができるのが心地良い。
阿寒の雄大さと共に、現地を肌で感じた解像度を感じさせてくれる短歌だった。
「あかぬやま」はあからさまに掛詞だろう。
“ 阿寒岳(山群)の美しさは飽きずにいつまでも眺めていられる ” という感じが伝わってくるし、
「妹背の中に」は “ 雌阿寒と雄阿寒の間に ” ということなのか、“ 2つの沢筋の間に ” ということなのか。
どちらにせよ、現存する滝なのかどうかはよくわからないまま、妹背の中に落ちていく阿寒の滝に想いが馳せられる。
…よし、巡視完了、事務所へ戻ろう。
“ 阿寒岳(山群)の美しさは飽きずにいつまでも眺めていられる ” という感じが伝わってくるし、
「妹背の中に」は “ 雌阿寒と雄阿寒の間に ” ということなのか、“ 2つの沢筋の間に ” ということなのか。
どちらにせよ、現存する滝なのかどうかはよくわからないまま、妹背の中に落ちていく阿寒の滝に想いが馳せられる。
…よし、巡視完了、事務所へ戻ろう。
Outro かえってふりかえって
ただいまもどりました。
という足跡で、
日々、直轄地で目にしている4つの歌碑についてつらつらと廻ってみた。
改めて読み下してみると、
彫られていた歌碑それぞれに一旦は「なるほど」と思っていた自分もいたりして面白い。
ここで仕事をしつつ。
ここに住んでもいつつ。
詠われていたような景色の瞬間は、
確かに目にしてきたような気がしている。
なかなか同じ表情を見せてくれない阿寒湖ではあるけれど。
「同じ景色を見ていた人が、この情景を共有できそうな人が、過去にも一人はいた。」
そう感じる人がこの先にいたとしても、さほど不自然じゃないのかもしれない。
そんなことを思う、公園巡視だった。
という足跡で、
日々、直轄地で目にしている4つの歌碑についてつらつらと廻ってみた。
改めて読み下してみると、
彫られていた歌碑それぞれに一旦は「なるほど」と思っていた自分もいたりして面白い。
ここで仕事をしつつ。
ここに住んでもいつつ。
詠われていたような景色の瞬間は、
確かに目にしてきたような気がしている。
なかなか同じ表情を見せてくれない阿寒湖ではあるけれど。
「同じ景色を見ていた人が、この情景を共有できそうな人が、過去にも一人はいた。」
そう感じる人がこの先にいたとしても、さほど不自然じゃないのかもしれない。
そんなことを思う、公園巡視だった。
探索のような散策を終えてみて、
なんだろうか、
文学っぽさを散歩したような気もするけれど、
やっぱり阿寒の景色を散歩していた気がしている。
なんだろうか、
文学っぽさを散歩したような気もするけれど、
やっぱり阿寒の景色を散歩していた気がしている。
僕は僕で、
引き継がれた阿寒の風景と
景色に乗せられた言の葉と
木々や水面が揺れゆく中で
浮湧する葉々と言葉を眺む
引き継がれた阿寒の風景と
景色に乗せられた言の葉と
木々や水面が揺れゆく中で
浮湧する葉々と言葉を眺む
「我が国の風景を代表する傑出した自然の風景地」、であるからこその国立公園。
今日は足湯で足休めたい。
阿寒湖事務所 熊野
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
【参考までに】
・松浦武四郎は『久摺日誌』(東西蝦夷山川地理取調記行)という旅日誌を残していて、
国立国会図書館のデジタルアーカイブ等で読むことができます。歌碑の原典や一次資料の方へと探索を深めてみたい方は下記リンクをご参照ください。
久摺日誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション
国書データベース
・滝口線(滝口自然探勝路)についてはこちら。
滝口 – 阿寒湖畔ビジターセンター
北海道東トレイル ~ ARトレイル日記④ 滝口線を歩く
今日は足湯で足休めたい。
阿寒湖事務所 熊野
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【参考までに】
・松浦武四郎は『久摺日誌』(東西蝦夷山川地理取調記行)という旅日誌を残していて、
国立国会図書館のデジタルアーカイブ等で読むことができます。歌碑の原典や一次資料の方へと探索を深めてみたい方は下記リンクをご参照ください。
久摺日誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション
国書データベース
・滝口線(滝口自然探勝路)についてはこちら。
滝口 – 阿寒湖畔ビジターセンター
北海道東トレイル ~ ARトレイル日記④ 滝口線を歩く