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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

洞爺湖中島でのエゾシカ湖上捕獲に同行しました

2023年12月18日
洞爺湖 荻原 沙理
こんにちは。洞爺湖管理官事務所アクティブ・レンジャーの荻原沙理です。

今回は、環境省が業務委託している「エゾシカ捕獲」の現場に、今年7月に引き続き同行させていただきました。

なぜ洞爺湖中島でエゾシカを捕獲するのか

洞爺湖中島にはもともとエゾシカは生息していませんでしたが、1950~60年代に人為的に持ち込まれた3頭が爆発的に繁殖・増加、以来自然生態系への多大な影響が懸念されてきました。
 
(有珠山噴火記念公園から見た洞爺湖中島(2023年8月撮影))

湖に浮かぶ中島という閉鎖環境の中で、限られた植物をエゾシカが競い合うようにして食べることにより、植物が食べつくされて種が消滅してしまったり、地面がむき出しの裸地状態になってしまったり、エゾシカの好まない植物や、食べられても生育可能な植物や外来種が生い茂ってしまう事態が起きています。
エゾシカの影響を受けた「森林植生の再生」を目指し、環境省はエゾシカ捕獲の業務を委託し、個体数調整(生息しているエゾシカの数を減らすこと)を行っています。

今年7月にエゾシカ捕獲に同行させていただいた際のAR日記に、エゾシカに関する基礎知識や、中島で起きている問題などをまとめています。
以下のページをご参照いただくことにし、同じ説明は省略いたします。
洞爺湖中島でのエゾシカ捕獲に同行しました | 北海道地方環境事務所 | 環境省 (env.go.jp)
 

エゾシカ対策の基本

エゾシカとの軋轢(あつれき)を減らし、適正に保護管理していくためには、いくつかの管理手法があります。
  • 【防御的手法】
    植生保護柵や保護ネットを用い、シカの食害を防ぐ
     
  • 【生息環境改変】
    道路の法面(のりめん)などの植物を、エゾシカの嗜好性の低い植物に置き換え、生息環境を制限する
     
  • 【個体数調整】
    銃やわななどを使い、エゾシカを捕獲する
中島では、防御的手法と個体数調整が行われており、今回同行した湖上捕獲は個体数調整にあたります。
道内でのエゾシカ捕獲においては、ヒグマとの接触の危険性を常に考慮する必要がありますが、中島にはヒグマが生息していないため、捕獲作業中の遭遇や、残滓(ざんし:解体したエゾシカの体など)の匂いに呼び寄せられる危険がほとんどない点で、特殊といえます。
 
写真は今年9月下旬に知床で撮影したもので、左側が個体識別用のタグと発信機をつけている個体です。発信機によって、どんなルートで移動するのか、またどこで越冬するのかなどのデータを収集することができます。
(中島では実施していません。)

様々な捕獲方法

湖上捕獲(湖上モバイルカリング)は、中島で実施されている方法の一つで、和船に乗って湖上からシカを捜索し、射⼿が銃器を使って狙撃する方法です。
シカを誘い出すため、誘引となるエサを湖畔に用意しておきます。
 
(エサ設置の様子 船首にあるビートパルプベール(テンサイのしぼりかす)を木の根元に配置)

射手の他に、船を操縦する操船者、シカを探索する観的手、補助員が捕獲に参加します。
 
この方法は、葉が落ちてシカを見つけやすく、シカのエサが少なくなる降雪期に捕獲成功率が高くなる傾向があります。ただし、和船の航行が困難、波や風、雨雪などにより船上からの発砲が困難、視界不良などの場合には、捕獲は実施できません。シカの出没状況だけでなく、天候や湖面を見極めての実施となります。
 
このほかにストーキング捕獲、くくりわな捕獲、待ち伏せ捕獲、囲いわな捕獲などの手法があり、それぞれ特徴や効果を発揮するシチュエーションが異なります。実施時期や捕獲成功率などに応じて使い分けます。
 
(中島で実施している囲いわなの様子(2021年5月撮影))
 

湖上捕獲の様子

今回は湖上捕獲に同行させていただいた様子をお伝えします。
 
直前まで視界不良により実施が危ぶまれましたが、「出船してみて捕獲が難しいようであれば作業終了とする」との判断となりました。雪が降る中、和船に乗って中島に向かいます。

中島に到着すると、島に泊まり込みで作業を行っている、シカを狙撃する射手、探索する観的手、記録などを行う補助員の3名が乗り込み、計5名で出発しました。
 
シカの捜索は目視、双眼鏡、サーモカメラなどで行います。葉が落ちているとは言え、まだ雪の少ない斜面にいるシカを探し出すのは至難のわざです。また船が揺れて狙いが定められなくなることを防ぐため、極力体重移動をしないよう気を配ります。
 
(サーモカメラで捜索する様子)

サーモカメラがとらえるのはエゾシカだけではありません。
「あ、いた!」という声に必死に目を凝らすとオオワシだった、ということもありました。

ここでエゾシカを見つけ出す難しさを皆さんにも体感いただきましょう。
さて、この写真、どこにシカがいるかわかりますか?

正解はここです。

さらにアップした写真はこちら。
この景色の中から、いとも簡単にシカを見つけだしてしまう皆さんはさすがプロです。

ただ、見つけたからと言って簡単に捕獲できるわけではありません。
シカの動きが止まっていること、一発で仕留められる急所が狙えること、木や枝に遮られていないこと、射程範囲内の距離であること、バックストップがある場所であること(※)など複数の条件が整う必要があります。
 
※バックストップ
斜面などの遮蔽物のこと。万が一、バックストップのない場所で発砲し、弾が外れたりシカの体を貫通したりした​場合、状況を目視できない方向に弾が飛んでしまう可能性があるためとても危険。

 
さらに和船を射手の求める場所で停止し、安定させられることも重要です。急いで近づこうとすれば、湖面が波立つことで船が不安定になるばかりではなく、モーター音に驚いたシカが逃げ出してしまいます。またブレーキを踏めば止まれる車と違い、水の上に浮かぶ船は、停止させるために前進や後進を繰り返して船の動きや揺れを調節する必要があります。
 
今回12の群れに遭遇しましたが、発砲できたのはうち2つのみ。同行前は発見≒捕獲のイメージをもっていましたが、地道な捜索と高度な操船技術、発砲技術がそろってこそ実現するものなのだと感じました。
群れが発見され、かつ人が歩ける場所は、記録しておき後でストーキング捕獲やくくりわな捕獲を実施するそうです。

(狙いを定める射手)

今回捕獲され回収できたのは1歳のメスでした。
体重、体長、皮下脂肪の厚さ、歯のすり減り具合、腎臓周りの脂肪、妊娠・排卵の有無、胃の内容物、血液によるDNAサンプル採取など、様々な記録を取ってから運べる形に解体します。
 
(体重測定の様子)

栄養状態はよく、内臓脂肪・皮下脂肪ともに見られました。ただ一般的なエゾシカでは初産を経験する1歳の個体でしたが、子宮や卵巣を確認したところ排卵しておらず、性成熟していないと推察されました。過去に高密度下で捕獲された個体よりは栄養状態、体格ともに改善がみられるものの、まだエゾシカの体に与える影響が残っているようでした。
(エゾシカの生息密度が高まりすぎることで、エサが不足、栄養状態が悪化し、過去には体格の小型化や、初産年齢の上昇、あるいは飢餓による大量死が発生しています。
 
今回初めて実際の捕獲の様子を拝見し、その地道さと難しさに驚きました。相手は生きるために必死な野生動物であり、彼らとの知恵比べ、我慢比べを求められる業務です。本来生息しない中島にエゾシカを持ち込んでしまった人間として、向き合い続ける責任を感じました。
 
最後までお読みいただきありがとうございました。