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北海道地方環境事務所

アクティブ・レンジャー日記 [北海道地区]

「阿寒湖地域のエゾシカ~生態系被害防止の取り組み~」

2024年03月18日
阿寒湖 森竹祐
阿寒湖管理官事務所の森竹です。
今回は、阿寒湖地域のエゾシカの歴史と生態系被害防止の取り組みについてご紹介します!

阿寒湖地域のエゾシカのこれまで

北海道内のエゾシカの推定生息数は72万頭(令和4年時点)と予測されています。
そのうち、北海道東部は特に生息数が多く、32万頭が生息していると考えられています(※1)。
 
エゾシカは、明治時代に食肉目的等による大量捕獲と記録的豪雪・暴風雨による大量死が発生し、一時絶滅の危機に瀕しました。
その後の保護政策や牧草地等の採食環境の増加などにより、主に阿寒・大雪・日高の3地域の越冬地で生き延びた個体群が急激に数を増やし、
現在に至っています。遺伝学的研究から3地域の個体群はそれぞれ遺伝的に異なり、阿寒個体群はこれまでに道北や道央に進出したこともわかっています。
 
阿寒湖地域では1975年頃からエゾシカがよく見られるようになり、1984年頃から生息数が急激に増加。
1990年代から広葉樹等の樹皮採食による被害が深刻化しはじめました(※2)。
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色が目立つ比較的新しい樹皮剥ぎ痕
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色が目立たない古い樹皮剥ぎ痕
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樹皮剥ぎ被害状況(2023年月4月10日撮影)
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阿寒湖北部の森で越冬中のエゾシカの群れ(2024年2月22日撮影)
そこで阿寒湖の森林のエゾシカ被害を軽減するために、阿寒湖周辺の森を管理する前田一歩園財団や環境省では、
次のような生態系被害防止の取り組みを行っています。

生態系被害防止の取り組み

樹皮剥ぎ防止ネット(前田一歩園財団)

樹木は幹周りの樹皮を剥がされてしまうと枯死してしまいます。
阿寒湖周辺の森では、主にオヒョウやハルニレ、イチイ、シウリザクラ等への被害が目立ちます。
これらの成木や幼木への被害が続けば、長い目で見ると将来的に被害樹種の更新が途絶えてしまうことが懸念されます。
 
そこで前田一歩園財団では、1990年代後半から被害が多い樹種を中心に、幹に樹皮剥ぎ被害防止ネットを巻いて被害防止を図っています。
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被害が多い樹種に巻かれている樹皮剥ぎ被害防止ネット
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ボッケ遊歩道沿線のいくつかの樹木にも巻かれていますが、効果はしっかりと出ています。
遊歩道を訪れた際には、ぜひ見てみてください!

植生モニタリング調査(環境省)

環境省では、エゾシカの植生への影響の度合いを把握するために屈斜路湖周辺や阿寒湖周辺で植生モニタリング調査を実施しています。
阿寒湖地域では、雌阿寒岳一帯の登山道が調査対象地となっており、今年度は7月の調査で雌阿寒岳や阿寒富士山頂付近にて
多くのイワブクロの食痕を確認しました。
 
詳細は、下記のAR日記で紹介していますのでご覧ください!
「雌阿寒岳エゾシカ調査」(https://hokkaido.env.go.jp/blog/page_00259.html
 
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登山道沿いで見られたイワブクロ   
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エゾシカに採食された痕(いずれも2023年7月20日撮影)

GPS首輪による個体追跡調査(環境省)

環境省では、エゾシカの季節移動の経路や行動範囲を把握するためにGPS首輪を装着して追跡調査を行っています。
これまでに、阿寒湖地域のGPS装着個体の多くは1年を通して阿寒湖周辺から大きく離れないことがわかっており、
現在9頭(川湯地区で1頭、阿寒湖地区で8頭)のエゾシカにGPS首輪が装着されています。
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巡視中に偶然遭遇したGPS装着個体(2023年4月10日撮影)
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国道240号沿いに現れたGPS装着個体(2023年4月19日撮影)
国道240号線沿いでもGPS装着個体を何度か見たことがあるので、もし見かけた場合はこのような生態調査のために
つけられているということをご理解いただけましたら幸いです。
 
より詳細について知りたい方は、環境省が周辺地域の関係機関とともにエゾシカ対策について話し合うために設置している
「阿寒摩周国立公園エゾシカ対策協議会」の下記リンクをご覧ください。
https://hokkaido.env.go.jp/kushiro/nature/akanmashu_deer/index.html 

調査は何のために行うのか?

ここまで阿寒湖地域のエゾシカにかかわる生態系被害防止の取り組みについてご紹介してきました。
記事をお読みいただき、様々な感想をお持ちになられたと思います。
 
北海道では、シマフクロウやタンチョウのような希少種から、爆発的に増えて問題になっているエゾシカやヒグマまで、
様々な野生動物の調査研究が行われています。
 
今回のエゾシカに限っていえば、何も対策をしなければおそらく将来的に樹種構成が豊富な森はなくなってしまうでしょう。
また、地表植生は採食圧や踏圧により荒廃し、エゾシカが採食しない植物だけが残る可能性があります。

ここで理解しておきたいのは、自然環境や生態系を破壊するのは人間の行いだけではなく、増えすぎた一部の野生動物も同じだということです
(増えすぎてしまった理由そのものは人間の行いによる部分も大いにあるかと思いますが…)。
早い段階で手を打たなければ、荒廃が進んだ自然環境を元に戻そうとしても既に手遅れになる場合もあります。
 
そのため、生態系が崩れかけている環境を保全するためには、問題となっている動物の生態を知らなければ有効な対策ができません。
これに関しては、希少種の個体数回復等の取り組みにも当てはまります。なので、調査を実施する必要があります。
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芽吹いたばかりのミズバショウを採食する群れ(2023年5月5日撮影)
私は学生時代から8年ほどタンチョウの調査研究に関わりましたが、毎年野生の何羽かのヒナに個体識別のための足環を付ける標識調査等により、
タンチョウの寿命や繁殖分散、個体ごとの繁殖地域と越冬地域の違いなど、じつに様々なことが明らかになっていました。
 
タンチョウが生息している環境にはどの地域でもある程度の共通点(牧場、不凍河川、営巣環境などの存在)があり、これから現在タンチョウが生息していない地域への分散を考える際、新天地には最低限これらの環境が必要なこともわかってきています。

野生動物調査を実施する理由はたくさんありますが、大きくは「希少種あるいは増えすぎた種そのものに必要な対策を講じるため」、「自然環境の持続的な保全や生物多様性維持に繋げるため」などが挙げられます。
 
阿寒湖周辺の森を保全するためにエゾシカ対策を実施することは、そこに生息している様々な生物の生息環境を守るということにもつながります。
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希少種であるエゾサンショウウオの卵嚢(2023年5月9日撮影)
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地上に巣を作り子育てするアオジの巣立ち幼鳥(2023年8月7日撮影)
今回は、阿寒湖地域でのエゾシカを中心にご紹介しましたが、ほかの地域や野生動物ではどのような取り組みが行われているのかも
ぜひ知っていただけたらと思います!
 
知ることで、それまでとは違った視点を持つことができるかもしれません。
 
参考文献
※1 北海道ホームページ 令和4年度(2022年度)エゾシカ推定生息数(R4捕獲数・農林被害額 確定).pdf
※2 一般財団法人前田一歩園財団ホームページ エゾシカ問題の現状と課題